フィリピンの恵まれない児童に学校を! 給食を! 教育こそ貧困の連鎖を断ち切る力になる

ボランティアの声2017年

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2017年2月9日~26日
  学校建設に参加したボランティアの声です


N.I.さん 椙山女学園大学2年
「貴重な体験」

ボランディアに参加して様々な体験をすることができました。
ホームステイでは、フィリピンと日本の生活の違いを感じることができました。フィリピンではリエンダタイムというのがあり一日に5食程食べました。最初は本当にお腹がいっぱいでご飯の量も多く感じましたがだんだん日にちが経つにつれてその習慣に慣れていきリエンダを食べてないと物足りないようになりました。お風呂は夜に入ると寒いのでフィリピンの人はお出かけする前や朝に入るのが基本ということや、早寝早起きであることなど文化の違いを知れました。また、週末は早朝に起きランニングをする習慣があり、ズンバといったエクササイズを道端でみんながしておりとてもいい文化だなと感じました!他にも、手でご飯を食べてみたり、フィリピン料理のバロットを食べたりしました!ためらっていましたがいざ食べてみると美味しかったです!ホームステイをし、フィリピンの人の温かさを感じることができました。また、フィリピンの人はとてもフレンドリーだなと思いました!
フィリピンの学校生活では、子供達の笑顔がすごく輝いているなと思いました!また、子供達に日本語を教える授業をし、コミュニケーションは言葉だけでなく、他にも通じ合えるものがあると思いました。日本語にとても興味を持ってくれて教えがいがあり、吸収も早いなと思いました。この日本語を教えることはとても貴重な経験になりました。
ボランディア活動をして、人のために何かすることはとても気持ちがいいものだなと改めて思いました。考え方などを見直すきっかけになりました。自分たちの普段の生活が恵まれていて、贅沢に過ごしているんだなと実感しました。今の生活が当たり前だと思わずに感謝しつつ、今後の生活を見直していこうと思いました。このボランティアに参加し、たくさんのことを吸収でき、人との出会いもあり、参加できてほんとよかったです。


Y.I.さん 椙山女学園大学2年
「RASAの活動を通して」

 私にとってフィリピンは未知の世界であった。飛行機に乗ったこともなく、海外にも行ったことにない私にとってRASAの活動に参加することは、人生初といってもいい程の大きな挑戦であった。英語が苦手で人見知りで軽い潔癖症である私は、一人でやっていけるのか、そしてホストファミリーに受け入れてもらえるのかなど多くの不安を抱きながらフィリピンへと向かった。
 フィリピンに着いて始めに感じた印象は「ごみ箱のない国」であった。家の周りや道路の中央分離帯にまでゴミが捨ててあり、どこにでもごみを捨てる国なのだと感じた。そして、ホストファミリーと一緒に買い物に行った時、食べたお菓子のごみを溝に捨てているのを見て、ますますごみを捨てる習慣のない国なのだと実感した。また、道路も整備がされておらず、自動車というよりはバイクや自転車を利用している人が多い事に驚いた。
 最も辛かったことは、自分の体がフィリピンの環境になかなか適応しなかったことだ。10日ほどしたところでだいぶ良くなってきたが、ここまで自分の体が環境の変化についていけないなんて思ってもいなかった。そのため、落ち着くまでは自分の事だけでいっぱいいっぱいだったが、ホストファミリーは私を本気で心配し、ずっと気にかけていてくれた。それがすごく嬉しかったし心強くて安心できた。体調が落ち着いてきたら、周りも見れるようになり、ホストファミリーや学校の学生達とも進んでコミュニケーションを取るようになった。
 フィリピンにきて、文化や言葉が違っていても心が通じ合えればやっていけると思えるようになった。なにより、フィリピン人は日本人の何十倍も優しく心が広く、人と人の繋がりを大切にすることを身をもって体験できた。こんなよそ者でも快く受け入れてくれて、本当の家族の様に世話をしてくれて、皆で楽しい時間、嬉しい時間、悲しい時間を共有し、お金が無くても幸せって思える意味を実感することができた。今の日本は発達しすぎていて、人の繋がりが薄れているように感じる。フィリピン人の様に未発達で、お金が無くても、常に笑顔でちょっとした事でも気持ちを真っ直ぐ受け止めてくれる、それが人間としてあるべき姿なのではないかと思った。辛いことも沢山あったが、学ぶことも沢山あった。だから参加して良かったと思う。そして、フィリピンで出会った人達や一緒に参加した仲間との繋がりを築いてくれたRASAの活動に感謝し、これからもこの関係を続けて行きたいと思う。


T.O.さん 南山大学2年
「I love Philippines」

First, we both went out on our way.
And we met in a small town by chance,
And took cosideration for each other.
And what’s small turned to a friendship.
A friendship turned to family ties.
And that family ties will never be broken, and
Affection will never get lost.
Appreciate all experiences in Philippines.
Love my family. Love philippines. Salamat~


A.O.さん 椙山女学園大学1年
「みんなに感謝」

 学校になかなか着かないバスの旅からスタート!
学校に着くと有名人になった気分になるほど黄色い歓声を浴びた。ホストファミリーについて何も知らなかったから対面するときはすごく緊張した。ホームステイが始まって最初は衝撃的なことがたくさんあったけど3日も過ぎれば慣れた。
 ・毎日コケコッコーで目覚めた朝・トライシクルに乗って登校した日々・帰宅してから子供達と過ごした時間・毎日手動で流したトイレ・初めて手でご飯を食べたブードルファイト・アリと草と石と戦った日・生徒に日本語を教えた日・みんなで大したことないバナナボートに乗った日・ミリエンダ不要って言うのを頑張った日・近所のお母さんたちとお喋りした日・ジョギングしながら踴った土曜日・バロットを食べた日・扇風機の中に指が入った日…
 嫌だったことも楽しかったことも全て良い思い出になった。ホームステイによってフィリピンでしかできないことがたくさんできた。また子供達とふれあうことで将来自分がやりたいことの視野が広がり新たな発見をすることができた。マニラでは…“いただきます”は幸せな言葉ということに気付かされた。マニラにはホームレスはもちろんストリートチルドレンがたくさんいるということは元々知っていた。マニラについて最初の食事のとき、初めてストリートチルドレンを見た。その子たちからしたら私たちは観光客だからジプニーが停車した途端寄ってきた。ジプニーの側面を叩いたりタガログ語で何か言っている。そんな中で1人の男の子が“I’m poor boy”って言ったことは聞き取ることができた。そのあと先生方が「ストリートチルドレンから相手にされない方法は子供達と目を合わせないこと」と言った。その時、田舎の子供達と同じように言葉が通じなくても目を見て話したり笑ったりできないという現実を知りとても心が痛かった。ジプニーからレストランへ歩いている時もずっと車内で聞いた“I’m poor boy”という男の子の言葉がずっと離れなくて同じ子供なのに同じように接してあげることができないと思った途端すごく悲しくなった。レストランは本当に素敵なとこだったが”ついさっきストリートチルドレンを見たばかりなのにバイキングなんて食べれない”と思ってしまった。でも、先生方がせっかく用意してくれたから食べようと思ったがお皿に少ししか乗せることが出来なかった。食べるときに思いが込み上がってきて涙が止まらなかった。こんな悲しい気持ちで食事をしたのは人生で初めてだった。この時から当たり前のことかもしれないが、毎回の食事で米粒はもちろん与えられたものは残さず食べようと思った。このことは絶対に日本にいたら気づかないことだったと今は思う。
 ホームステイやマニラを通して、生活の中で“いただきます”が言えることは本当に幸せなことなんだとフィリピン滞在で感じた。フィリピンで支えてくれた人やRASAのメンバー、フィリピンに行かせてくれた親に感謝したい。


N.F.さん 南山大学3年
「フィリピンでのボランティアを振り返って」

学校に着くと子供達から大歓声でむかえられたこと。
子供達から握手やサインを求められたり、プレゼントをもらったこと。
学校で子供達に日本語の授業をしたこと。
みんなで草むしり、ごみ拾い、最後に手形をとったこと。
Jeepやtricycle、motorcycleに乗ったこと。
ホストファミリーには、食事や送迎といった生活面でとてもお世話になったこと。
トイレとシャワーに衝撃を受けたこと。
ⅿeriendaがあったこと。
週3で知り合いの人の誕生日パーティーに参加したこと。
週末には教会、ズンバ、ビーチに行ったこと。
スモーキーマウンテンを見学したこと。
本当に沢山のことを経験させていただき、ここに書ききれないほど充実した18日間だった。
そして、フィリピンの人達の人柄(積極性、温かさ、笑顔溢れる、寛大さ)を直に感じることができた18日間だった。
一緒に参加した日本人メンバー、現地で出会った全ての人達に感謝!Salamat!


M.Y.さん 椙山女学園大学2年

友達とは、わからない。
でも、
絶対に守りたい人と思える人である。


R.A.さん 南山大学2年
「ガテン系労働者の旅」

 このRASAのボランティアは一生忘れられない思い出となった。普段こういう言い方をしない僕が言うのだから本当だ。フィリピンの地で、語り切れないほどの思い出ができた。楽しかった。だが、何があったか、何が楽しかったかなど挙げているとキリがないので、割愛させてほしい。今回書きたいのは、僕の内面的なことだ。
 端的に言うと僕はフィリピンで成長できたと思う。わずか18日の滞在だったが、要は期間の問題ではなく、自分にとって大きな出会いとか、感動とか、何かを変えるきっかけになるような要素があればいいんじゃないかな。そんな僕が学んだこと。愛に関すること。僕らは1人では生きられないから、人を愛することを忘れてはいけないはずなのに、息苦しい生活のなかでそれを忘れてしまっているように思う。愛を込めてラーメンを、と謳う人気ラーメン店。ラーメンより先に人を愛せているだろうか。当たり前のことを彼らは思い出させてくれた。僕の英語がまだまだ通用しないこと。コミュニケーション能力が低いこと。二年間大学で英語を専門としてきた者としてこれは悔しいことだった。伸びしろだと自分に言い聞かせよう、日本代表の某H選手のように。そうすればまだまだ成長できる。体力的には異国の地でやっていけること。日頃から身体を鍛えていてよかったと思った。周りがどんどん体調を崩していく中ほぼ無傷で帰国できたことは自信につながった。ただ本音を言うと、土建作業員並み(文字通り“ガテン系”である)に働きたかったがそれは叶わなかった。
 これらは下らないことに聞こえるかもしれないが、僕にとっては大きな変化であり、そのすべてが自分を成長させてくれる。日本は大好きだが、平穏で刺激のない生活をしていては、気づけないことが多すぎる。僕は新しいことに慣れるのにいつも時間がかかってしまう。でも、だからこそ、この非日常の環境に挑んでよかった。スポーツでも、アウェー戦、アウェーの地こそが選手を成長させてくれる。そんな事を考えたら、未知の世界へ飛び込んでいくのも悪いことじゃ無いと思える。
 自分の事ばかりになってしまったが最後に、ホストファミリー、現地の方々、メンバー、特に二班のみんな、藤井大先生を始めとするスタッフの方々に心から感謝を申し上げたい。


M.M.さん 椙山女学園大学2年
「私のアナザースカイ」

 今回ボランティア自体が初めてで、普段では経験できないことができ、貴重な時間を過ごすことができました。
-ボランティアをしようと思ったキッカケ
 私は1年前フィリピンのセブへ語学留学をしに行きました。セブには美しいビーチがあり観光地として有名だと思っていたけれど、実際に行ってみると想像とは違い、フィリピンの現実を目の当たりにしました。一番衝撃を受けたのはストリートチルドレンです。そして道路にダンボールを敷いて寝ている子どもや小さい体でタバコを吸う姿を見て思いました。自分にできることはないだろうかと。でもセブの滞在期間中に私がしてあげられることは無く、何もしないまま帰国してしまいました。そのことが心残りで、何かいい方法は無いかと探していたところ、RASAの学校建設ボランティアを見つけ、今回参加することを決めました。
-主なボランティア活動
〇学校建設予定地の整備
〇フィリピンの子どもたちに日本語を教え、知ってもらい、交流を深めるための授業
-思い出
〇早寝早起き
〇家族愛、親戚愛が強い
〇1日3食ライスと肉+午前と午後のミリエンダ
〇まるでフードファイターのような食生活
〇とにかく食べることが大好き
〇スプーンとフォークがフィリピンスタイル
〇基本的に紫色の食べ物はウベに違いない
〇国民性は真面目で明るく、人との関わりをとても大切にする
〇トイレには便座がないところもある
〇シャワーが無ければヤカンで沸かした熱湯と蛇口の水で割る
〇ゴキプリとヤモリ、ハエの出現は日常茶飯事
〇漫画のように鶏に起こされる朝
〇どこかしらから聞こえてくる大音量のカラオケ
〇土日の朝はズンバでエクササイズ
〇とにかく楽しい国
 もし時間とお金があれば、建設された学校を訪問したいと思います。


Y.M.さん 椙山女学園大学2年
「初めてのフィリピン」

 私は日本から出ることが初めてでした。だから、私の両親は初めて行く国がフィリピンで心配していました。私も正直不安でした。しかし、行ってみるとホストファミリーは本当の家族のように接してくれてすぐに馴染むことができました。近所の友達も遊びに来てフィリピンの伝統料理を持ってきてくれたりして、フィリピンの文化を学ぶことができました。近所の子供たちからはフィリピンの遊びを教えてもらいました。私のホストシスターは日本語にとても興味があり、あいさつや普段よく使う簡単な単語は覚え、私と会話するときは日本語を交えながら話してくれました。フィリピンに来て辛かったこともありました。トイレとお風呂は日本と違い、日本が発達していることを実感しました。生活習慣も日本と違うので、朝にお風呂に入ったり、ご飯は一日に6食食べたりします。朝にお風呂は慣れましたが、毎日6食は私にはできませんでした。私はフィリピンに来たからにはフィリピンの伝統料理をたくさん食べようと決めていました。しかし、お腹すく前にご飯が出てお腹いっぱいで食べられなかったこともありました。日にちが経つにつれて、ホストファミリーも私がそんなに食べないことを理解してくれて減らしてくれました。
 私がフィリピンで楽しく生活できた理由は、ホストファミリーのおかげです。ホストファミリーには感謝しかないです。家族のように接してくれたこともそうですが、日本に興味があり私もフィリピンの文化を学びつつ、日本の文化を教えていました。他にも、フィリピンの有名な湖に連れてってくれたりしました。素敵な家族だったので2週間が短く感じたし、日本に帰るときは寂しかったです。
 私がフィリピンで楽しく生活できた理由はもう一つあります。RASAのみんなのおかげです。私は英語が下手です。だから、ずっと英語の生活はできなかったと思います。RASAメンバーはみんないい人ばかりで、RASA-Japanに入ってよかったと心から思います。これから先も定期的に会いたい大切な仲間です。
 私は初めて行った国がフィリピンでよかったです。またフィリピンに帰りたいと思いますし、もっと英語を勉強して、いろんな国に行きたいと思うようになりました。フィリピンでフィリピンの文化を学ぶことができましたが、それ以外にも家族や友達を大切にする心を学びました。今の日本はマンション内でも知らない人がいます。しかし、フィリピンは近所の人とお互い助け合って生活しています。日本にはない文化で心が温まる国でした。私は、素敵なホストファミリーやRASAメンバーに出会えて本当に幸せです。
Thank you very much.


M.S.さん 椙山女学園大学3年

幸~人と人との繋がり~


Y.N.さん 南山大学2年
「Masahal kita, Philippines!」

 フィリピンでの生活は初めての連続だった。初めての土地、初めて出会う人、初めての食べ物、初めての日本語以外での生活。日本の生活では決して味わうことができない経験をたくさんすることができた。それと同時に、日本の良さにも改めて気づく良い機会にもなった。フィリピンで見たもの、経験したこと、その全てが新鮮で、かけがえのない思い出である。
 振り返ると、フィリピンでの生活は日本に比べると不便なことが数多くあった。しかし、そんなことよりももっと大切なことに気づかせてくれた。
 私は英語にあまり自信がなかったが、私が分からなかった単語を分かりやすく言い換えてくれたり、ジェスチャーを使ったりしてくれたおかげでコミュニケーションをとることができた。また、しゃべらなくても笑顔だけで通じ合うことができた。そして、何より嬉しかったことは、私が理解できるまで諦めないで伝えようとしてくれていたことである。でも欲を言えば、私がもっと英語が喋れたら、もっと相手の言葉が理解できたのなら、もっともっと気持ちが通じ合えたのになと思った。国を超えて、こんなにも伝えたい、分かりたいと思えた相手に出会えたことは、私にとって本当に幸せなことだと改めて思う。フィリピンに来る以前、私は世界で言語の統一が起こればいいと思っていた。しかし、ここに来てやっと他言語を学ぶ意味がわかった気がした。タガログ語を教えてもらっている時や、日本語の授業をした時に感じた喜び。ここでの生活は、相手の文化に触れる喜び、自分の文化を受け入れてもらえた喜びを強く感じた。お互いの文化を理解し合い、尊重することの大切さを学んだ。
 また、フィリピンではしばしば自分よりも年下の子供達がなぜか年上にみえた。初め、これは外見のせいだと思っていた。しかし、家事を率先して手伝う姿や年下の子のお世話をする姿を見ていると、私よりもはるかに自立した生活を送り、精神的にも私よりも大人なのだと思い知らされた。フィリピンでの暮らしは自分が日本で大切にしてきた当たり前とはなんだったのかを改めて考えさせられるものだった。
 生活水準的には日本の方がはるかに優れていると実感したのにもかかわらず、私はフィリピンの暮らしがとても羨ましく思った。貧困という言葉の意味を経済の面からでしかとらえていなかったのだと思い知らされた。
 今回の活動で得たことは一生の思い出であり、今後の生活に大きく影響するだろう。こんな幸せな機会を与えてくれたRASA-Japan、18日間を一緒に過ごしたみんな、フィリピンで出会えた全員に感謝したい。大好きです。ありがとう。


M.S.さん 南山大学4年
「RASAのみんな、Salamat.」

大学生活、様々な人と出会うことができ、卒業待近になってRASAの皆さんとも出会えて僕はハッピーです。ありがとう。
●沢田、AB型でしょ?に猛省。
 周りから日頃よく注意される「マイペースな沢田」がフィリピンでも知らん間に“発揮”されちゃってることに気づきました。「まこっちゃん、AB型だよね?すぐ一人でどっか行っちゃうもん。」確かにそうだったのかも。掃除もダンスもマニラでもマイペースだったかも。そんな僕にも親しげに接してくれた皆ありがとう。今後気をつけます。
●首すじを走るゴキちゃん。疲れを知らない子たちのお目め。
 フィリピンの人たちは暖かくフレンドリーだね。「もっと食べなよ」の一言に暖かみを超えて暑苦しさを覚えることもあったけど、あれさえ親しみを感じます。子どもたちは殊更フレンドリーで、たくさんの子が毎日夕食後まで遊んでくれて。ハグもいっぱいもらって。疲れも吹っ飛んで。子どもたちの瞳に恋しました。ゴキブリまでもフレンドリーでした。
●人生に遅かったはない。と信じたい。
 友達からRASAを初めて聞いたのが2年以上前。当時は今ほど興味が湧かず、お財布に余裕も無く、即断念。4年生になって別の友人から偶然RASAのことを聞き、今からバイトすれば貯まるなぁ。。。蓋を開けると、4年生は唯一人。年下の皆の行動力に面喰らい、もっと早く参加すればよかったのかなと頭をよぎったけども、今ではこのタイミング以外に考えられません。今回だからこそ出会えたRASA同期の皆さん、フィリピンの人々みんなに感謝です。全ての出会いは運命なのかな?
●生きることは、食べること、ハッピーに。
 20代男女は最も食事を抜きやすいそうです。心身ともに健康であることが最も大切だと感じています。1日5食の生活がひょっとしたら鍵なのかも。5食でなくとも規則正しい食生活を心掛けたいです。
僕らの未来に乾杯。またね。
追伸 竜馬の牛丼はいかがでしたか。


S.N.さん 南山大学1年
「経験できたこと」

 今回のボランティアで私が一番感じたことは、国籍は関係なく、誰とでもコミュニケーションが取れるということだ。私はあまり英語が得意ではないうえに、今回が初めての海外での生活だったので、出発前はきちんとコミュニケーションがとれるか不安だった。しかし、ホストファミリーはとても親切で、いつも私のことを気にかけてくれ、話しかけてくれた。週末にホストファミリーと出掛けた時、日本に住んでいたことがあるというおじさんが話しかけてくれたり、見ず知らずの人も私に挨拶をしてくれた。学校で日本語を教える授業の際は、子供たちと目があって微笑むだけで距離が縮まったような気がした。コミュニケーションをとるためには、言葉だけでなく笑顔で接するということも大切なことなのだと改めて感じた。また、フィリピンの子供たちは、笑顔がとても輝いていて、素直で人懐こかった。日本の中学生の子は反抗期の子もいたりするが、フィリピンの子はそういった子がいなかったので驚いた。
 さらに、フィリピンの人は家族や自分の近くにいる人のことを大事にする、ということがよくわかった。フィリピンの人は近所の人ととても仲が良く、同じコミュニティの人との繋がりを大事にしているようだった。ホストファミリーに「あなたは私たちの家族だから、何でも言ってね。」と言われた時は温かい気持ちになった。少しの間しか一緒にいられなかったが、私を家族の一員だと思って接してくれたことが嬉しかった。日本で生活している時は「おはよう」や「おやすみ」といった挨拶をあまりしていなかったが、フィリピンで生活している時には必ず挨拶をしていた。挨拶を返してくれる人がいるというのは良いものだなと思った。
 また、ホストファミリーとお別れをした日、夕食を食べに行くジープニーの中で、私は初めてストリートチルドレンを見た。靴を履いていない子もいて、道路に集団で座っているのを見た時は、厳しい現実に心が痛かった。ジープニーが止まっている時に、ドンドンとストリートチルドレンがジープニーを叩いている音を聞いた時は非常に怖かった。今まで学校で接していた子供たちとのギャップに驚いた。フィリピンはストリートチルドレンの数が多いと聞く。私に出来ることは限られているかもしれないが、何か出来ることがあれば、自分から行動して、少しでも力になりたいと思った。
 私は今回のプログラムで様々なことが経験でき、非常に良かったと感じている。私はまだ、将来何がしたいのかはっきりと決まっていないが、今回経験したことをこれからの生活に役立てていきたい。


Y.U.さん 南山大学1年
「旅を終えて…」

 今自分が住んでいる日本は物に溢れ、多忙ながらも何不自由なく生活できています。このことについて私は昔から疑問を感じていました。例えばこの日本の様な状況が世界的にみて一般的であるのかどうか、そもそも私たちは幸せであるのかどうか。私は19年間で得た自分の価値観を見つめ直すために今回このプログラムに参加しました。
 フィリピンにつき最初に思ったことは街並みが日本とは違うことです。簡単に造ったような建築物に、交通整備の甘い道路、そしてたくさんの人々が練り歩く姿。私は初めて似たような光景に興奮した覚えがあります。
 そして学校に着き私達は熱烈な歓迎を受けました。それからもホストファミリーがあたたかく迎えてくれたり、学生からプレゼントを貰えたりとフィリピン人がとても好きになりました。フィリピンでは近所同士の付き合いも盛んです。私には一つ忘れられないことがあり、それはフィリピンで携帯を無くしたとき家族や近所の人が探してくれたり、相談に乗ってくれたことです。このとき人の繋がりを大切にするフィリピンの価値観を感じることができました。フィリピン人が貧しいながらも人々が助け合って一定以上の水準を保っているのを見て私は感動しました。
 そのようなあたたかい街で暮らしていたので私は貧富の差が激しいマニラにつき衝撃しました。田舎では感じ取れない独特な雰囲気を感じたのです。ストリートチルドレンや乞食に絡まれたとき私はなんとも言えない気持ちになりました。幸せはお金だけではないということは確かですが、お金の価値をここで感じることができました。
 今回旅を通して私は今の日本が物に溢れ、法整備もきちんとされており、とても恵まれていると感じました。またフィリピンでは日本にはない開放的な暮らしによる、あたたかい人間関係が存在し日本人に今足りない幸せが私にはよくわかりました。このような私達にしかわからない現状や価値観を人に伝えることが今私に出来る唯一のことであるから、私は今回の経験を忘れずに生活していきたいと考えています。いつか戻る日までに少しでもフィリピンが発展しますように!フィリピン、サラマット!!


R.H.さん 南山大学1年
「フィリピンでの体験」

 ただ一言、楽しかったです。本当に充実した日々を過ごすことができました。出発直前の説明会では、メインのボランティアができなくなると聞いた上に、班のメンバーともあまり話すことができなかったため不安しかありませんでした。しかし、日本語の授業をするというなかなかできない経験ができ、さらに班のメンバーともすぐに仲良くなれたので本当に良かったです。ホームステイ始めの頃は、日本語が通じない環境が本当に苦痛で、家の居心地が悪かったです。なので学校で他のボランティアメンバーと日本語で会話する時間が自分にとってくつろぎみたいなものでした。今までにないくらい学校に行くのが楽しみでした。いま思えばホストとの距離が縮まったのはバロットを食べてからだと思います。それまではホストとの会話がそれほど多くなかったのですが、それが自分でも少しまずいなと思い始めていた頃で、ホストから勧められたものは全部受け入れていた頃でした。出発前からバロットについて知っていて正直食べたくなかったのですが、いらないとは言えませんでした。しかしいざ食べてみるとおいしく、それをホストに伝えると本当に喜んでくれました。その場のノリというのもありましたが、異国の文化を体験して受け入れようとする姿勢が大切なんだとその時感じました。
 生活に慣れてきてからは学校から帰ってからも楽しみでした。ホストとスポーツをしたり、他のメンバーとそのホストの子と外で遊んだり、他のホストの家でご飯を食べたりなど様々なことをしました。もし日本で同じようなことをしたら物足りなさそうなこともなぜか本当に楽しく感じました。それほど自分のおかれた環境がとても新鮮なものだったのだと思います。実際、日本ではあまり見られない出来事の連続でした。
 自分の中で初めての海外はヨーロッパだろうとなんとなく思っていました。まさかフィリピンに行くとは夢にも思っていませんでした。しかも観光とは違ってフィリピンのローカルな部分にたくさん触れて、そして貧しさもたくさん見てきました。日本にいるだけでは知らなかったことをたくさん知ることができました。今では本当に行けて良かったと思っています。最後に、今回携わったすべての方本当にありがとうございました!!


M.H.さん 椙山女学園大学2年
「日本人は贅沢だ」

 私は18日間フィリピンでの生活を体験し、日本の良さを改めて感じたと共に、日本のことが少しきらいになった。
 まず、誰もが衝撃を受けたのがトイレとお風呂だと思います。トイレも入浴時も自分で流すということや湯船がないということは、事前に説明会で知らされていたにも関わらず、実際に直面すると想像以上に不便で、同時に不潔さも感じてしまいました。日本のトイレは自動洗浄なだけでなく便器が暖かいものまで開発されており、お風呂に関しても日本では湯船があるのは当たり前で、さらに銭湯・温泉などの入浴施設まである。日本の技術の素晴らしさを痛感したと同時に、私たち日本人の貪欲さに嫌気がさしました。現地の方々は、子供からお年寄りまで誰も何も文句言わず、普通に生活しているにも関わらず、私たち日本人は快適過ぎる生活を送っているからこそ余計にフィリピンでの生活に嫌気がさしたことだろうと思います。そんな自分と、贅沢な生活を送っている日本人が、少し嫌いになりました。
 次に驚かされたのが食文化です。朝、昼、夜の3食に加え、10時と15時にミリエンダという軽食の時間がありました。しかし、軽食と呼ぶにはあまりにも多くの食べ物やおやつが与えられとても驚きました。また、貧しい国と言われているにも関わらず、食べ物にはあまり困っていないということを知ったのと、ホストファミリーの暖かさが身に染みました。家でご飯を食べる際も、取り分けるときは決まって私が1番最初で、ご飯を食べ終わった後も食器を持って行こうとすると必ず、私より歳下のホストシスター達が私の分まで運んでくれました。それだけでなく、洗濯や掃除も子供達が行っていたため、私はお礼の気持ちも込めて手伝うことにしました。もちろん洗濯機はなく全て手洗いでしたが、母が1人で全員分を黙々と洗濯するという日本のイメージとは異なり、みんなでみんなの分を楽しく洗濯という感じでした。
 私たち日本人は快適に、なに不自由なく生活している分、こんな風に楽しく作業出来ることも業務的に感じてしまうんだろうなと思いました。これも日本人は贅沢だ、と感じた事の1つでした。フィリピンの方々に比べて、日本人の心はとても贅沢に感じた、そんな18日間でした。貴重な経験、ありがとうございました。


C.S.さん 椙山女学園大学2年
「一期一会」

 フィリピンに旅立つまで、私は不安でいっぱいだった。ホストファミリーはどんな人たちなのだろうか、フィリピンの生活に適応できるのだろうか。その中でも私は英語が大の苦手なため上手くコミュニケーションをとることができるのかとても不安だった。このような不安を抱えながらフィリピンへ旅立った。
 フィリピンに到着して驚いたことは、あらゆるところで車やバスが頻繁にクラクションを鳴らしている事。日本では危険を知らせるときにクラクションを鳴らすが、フィリピンでは自分がこの道を通るという合図としてクラクションを鳴らしているように感じた。
 そして、学校に私たちが到着した時の生徒達の笑顔と歓声が忘れられない。盛大に歓迎してくれて嬉しかった。そしてドキドキしながらホストファミリーと初対面した。優しそうな人たちで安心した。家に着いたら、壁に「Welcome to our home Chiharu!」と可愛く飾り付けされてあって、私の大好物の大きなアイスクリームを用意してくれて歓迎してくれた。初日からとても幸せだった。しかし、トイレとお風呂を見た時に衝撃を受けた。トイレには便座がなくて、お風呂は水しか出ないことが当たり前で、慣れるのに少し時間がかかった。トイレとお風呂が日本との違いを一番感じた。
 私が日本から持ってきたお土産の中で一番好評だったのが、けん玉とふりかけ。けん玉は赤い球の部分にたくさん傷がつくくらい練習してくれて日本の昔ながらの遊びを気に入ってくれたことがとても嬉しかった。
 ホストファミリーは第一に私のことを考えてくれて、移動するときには必ず誰かが私の腕を組んで道路側を歩いてくれたり、歯を磨くときや顔を洗うときに水を用意してくれたり、至れり尽くせりだった。本当に優しくて思いやりがあって暖かい家庭にホームステイすることができて幸せだった。また、親戚が集まって誕生日会をしたり、近所の子供たちや知らない子たち関係なしに楽しく遊んだり、フィリピンの人たちはフレンドリーで人との繋がりを大切にしていると強く感じた。
 そして、学校では新しい校舎を建てる予定地の掃除をしたり、生徒に日本語を教えたり、コンクリートに手形を残したり思い出に残る体験ができた。学校に行く日のお昼ご飯はホストファミリーの手作り弁当でどれも美味しかった。フィリピン料理大好き。
 最後のお別れの日は本当に寂しくて涙が止まらなかった。手作りのアルバムをプレゼントしてくれてホストファミリーの愛情を感じた。心配していた英語も問題ない!少しの英単語とジェスチャーと伝えたい気持ちがあればどうにかなった!
 RASA-Japanのボランティア活動に参加しなければ出会うことができなかった人たちと出会うことができて、この活動に参加して良かったと心から思う。最高。出会いに感謝!
 この一言に尽きる。ありがとうございました。


M.Y.さん 椙山女学園大学3年
「家族と仲間」

 18日間あっという間でした。あっという間でしたが私にとって忘れられない貴重な経験になりました。家族と離れてこれだけ長い時間過ごしたのは初めてで、少し不安はありました。ですが、寂しいという感情は全く芽生えず、1日目のトイレとシャワーを乗り越えた時は既に「あ、暮らしていけるわ」と思えるほどでした。唯一、泣いてしまったのはホームステイ先を旅立つ時だけです。私にとっていつもそばにいてくれる大切な人になっていました。今ではもう一つの家族だと思っています。次はいつ会えるかな。みんな元気かな。と写真を見返しながら考えてしまいます。日本へ帰ってきてしばらく経ちますが今でもSNSでつながっていて、やりとりをします。いつも”I miss you”と言ってくれます。照れくさいですがまっすぐ気持ちを伝えてもらうのはとても嬉しいです。
 気持ちをまっすぐ伝えるということばかりではなく、フィリピンへ行って、私も見習いたいと思うところがたくさんありました。エクスカーションのため朝早く起きて、いざ向かおうとした時近所の小さな男の子が熱を出して大泣き。日本なら近所迷惑だと言われてしまうであろうこの状況でフィリピンでは近所みんなが総出でした。日本では考えられない状況にただただ驚いたのと同時に困っている人がいたらどうにかして助けてあげたいと思う気持ちが強いんだろうなと一人一人の心の暖かさを感じました。
 また、日本を知りたい!という気持ちが強く、学校で日本語を教えた時の子供たちの楽しそうな顔は印象的でしたし、家でも12歳のお姉ちゃんのエラが自分で日本語辞典を作って書いて!と持ってきたのですが、単語の多さから真剣さが伝わりました。私の英語力が足りず家族との日常会話でもエラの日本語辞典でも迷惑をかけてしまって、同じ年くらいから英語を習っているはずなのにここまでどうして違うんだろうと恥ずかしくなってしまいました。英語ができなくてもなんとかして読み取ろうとしてくれるし、いつも気を遣ってくれるので生活していく上で困った事は無かったのですが、次にみんなに会う時には自分の気持ちをもっともっと伝えたいので英語とタガログ語をもう少し勉強してから行きたいと思っています。エラに負けないよう頑張ります。
 バロットを食べたことも、ノーヘルで3人乗りしたことも、近所のキス魔の女の子にキスされまくったことも、みんなとゲームして罰ゲームしたこともフィリピンでの全てのことが私にとってはかけがえのない大切な大切な思い出です。一度しかない大学生活の中でこのような経験が出来て本当に良かったと思います。フィリピンの家族にもRASAメンバーにもみんなに恵まれた最高の18日間でした。ありがとうございました。Salamat!!


A.S.さん 椙山女学園大学1年
「ボランティア活動を通して感じたこと」

私は以前から海外ボランティアに興味があり、自分を変えるきっかけになればと思い、RASAの活動に参加することを決めました発展途上国といわれる国に行くのは初めてで、治安や衛生面、言語など不安なことはたくさんありましたが、それと同時に新しいことに挑戦するようでわくわくした気持ちもありました。フィリピンに着いた初日にwelcome partyを開いてくれて、子供達が歌やダンスを披露してくれました。とても上手で、この日のために練習してくれていたんだと思うと嬉しくなりました。その後ホストファミリーが紹介され、家に着くと多くの親戚が集まってくれていて、私を温かく迎え入れてくれました。やはり最初は言葉の壁や文化の違いに戸惑い、不安で仕方ありませんでしたが、ホストファミリーが本当の家族のように温かく接してくれて、フィリピンの生活にだんだんと慣れることができました。1日5食というミリエンダの習慣や早寝早起き、食べる前にお祈りをするなど、日本ではできない体験をすることができました。休日は教会や近くの市場、ピクニック、フィリピンでしか食べられないバロットやハロハロなどを食べに連れて行ってくれました。日本にいる時より時間に追われることもなく、ゆったりとした時間を過ごすことができたと思います。活動中、とても印象に残っているのはフィリピンの子供たちの明るくて人懐っこく、目がキラキラしている笑顔です。また、日本語の授業を教える側に立つという、この先できないであろう体験もできてよかったです。
お別れの日が近づいてくるとホストファミリーから「寂しい」や「いつ帰ってくるの?」と言ってくれて胸が熱くなりました。正直、最初の3日間はまだ3日しか経ってないんだという感じでしたが、終わってみると18日間しかなかったんだと、あっという間に過ぎたという感じがしました。別れ当日に泣いてしまうと、ホストマザーが「いつでも戻っておいで。あなたの家なんだから」と言ってくれたことが嬉しくて今でも覚えています。
最後2日間のマニラの街並みは同じ国とは思えないほどカブヤオでの生活とは異なり、フィリピンの格差の問題を間近で感じました。ストリートチルドレンやスモーキーマウンテンを実際に目の当たりにして、これがフィリピンの現実なんだと思うと心が痛みました。
世界には、たった1日を生きるのも大変な人がいるということを改めて知り、考えさせられるものがありました。
私にとってフィリピンでの生活は目にするものすべてが新鮮で刺激的な毎日でした。
18日間という短い期間ではありましたが、RASAのボランティア活動を通じて貴重な体験ができたこと、RASAメンバーと出会えたことを幸せに思います。
また、ホストファミリーをはじめとする人の温かさに触れ、素敵な時間を過ごすことができました。
この経験は私の一生の宝物です。
本当にありがとうございました。


J.S.さん 南山大学2年
「18days」

 フィリピンでの18日間で、印象に残ったことを書きます。
 まず、ホストファミリーとの思い出です。私のホストファミリーは、ママ(?)、MM(23)、リッチ(20)、チューチャイ(15)、ビトイ(14)、ディディ(6)、ゴクー(3)の7人です。
 MMは日本のアニメが好きで、買ってきたDVDをみんなで見ました。美味しいチキンカレーを作ってくれました。
 特にリッチとは仲が良く、いつも一緒にいてくれました。食べにくい魚や骨つきの肉は食べやすく切ってくれたり、外を歩く時は必ず手を繋いで道路側を歩いてくれます。しっかり者ですが、ちょけてるところもありまして、私の友人のモノマネをして、いつも私を笑わせてくれました。
 チューチャイは日本が大好きで「大人になったら絶対日本に行ってジュナに会う」と言ってくれました。大人になった彼女に会うことが楽しみです。チューチャイには友達が多く、彼女と友達20人くらいが家に遊びに来てくれて、一緒にお菓子を食べてホラー映画を見て、とてもたのしかったです。
 ビトイは最初はクールな子だと思っていましたが、実際は面白い子でありまして、お別れの前の日に、プレゼントとして瓶をくれました。よく見てみると、中にはクモが一匹入っていて驚いたものです。
 ディディは最初、私を警戒していたのですが、いつも私と遊んでくれて、最後のお別れの日には一番泣いてくれました。
 ゴクーはとても可愛いです。彼は英語がわからないので、私が覚えたてのタガログ語で話しかけると、何やら言葉を返してくれました。
 次に、食べ物です。家から少し離れたところに「アンドックス」というチキンのお店があるのですが、私はこれが大好物でありまして、よく夕食にリクエストしていました。「コーラが好き」と言ったら毎食コーラが出てきて、お弁当にもペットボトルのコーラを持たせてくれたことも思い出深いです。バロットを食べた時は飲み込めなくて、半泣きになってしまいました。
 最後に、友達との思い出です。いろんな子がアクセサリーや手紙、キーホルダーなどをくれて、それらは今でも私の宝物です。リッチの迎えが遅くなった時、友達や先生が「ジュナ泣かないで」と慰めたりしてくれたことも覚えています(泣いていない)。
フェアウェルパーティーでは、たくさんの子が贈り物をくれたりして寂しがってくれて、悲しいけど嬉しかったことを覚えています。
 他にも、楽しいことが書ききれないほどたくさんありました。フィリピンでの生活は、たったの18日間ですが、私の一生の中で忘れられない18日間であります。おばあちゃんになっても忘れないと思うし、孫に語り継いでいきたいです。


S.S.さん 椙山女学園大学2年
「RASAボランティアを通して」

*今回のRASAの活動を通して本当にたくさんの事を学ぶことが出来ました。
*1番考えさせられたのは人と人との繋がりです。私は今まで長期にわたる旅行や海外に行ったこともありませんでした。なので出発日までは荷物やスケジュール始め色々なことに不安を覚えました。気候などの環境はもちろん毎日の食事さえがらりと変わってしまうこともちゃんと慣れるかすごく心配でした…。実際、2/9お父さんと駅で別れるとき、なんで私行くんだろう、全然楽しみじゃないと思いました。でもそんな気持ちも束の間でなくなりました。
ホストファミリーは初日から優しくて私のことを気遣ってくれた。RASAメンバーともだんだん仲良くなれました。特に班のメンバーにとても恵まれたなと思いました。建設?除草作業の合間の大富豪をきっかけに仲良くなれたしjeepとか作業とかで二つに分断されましたが笑みんな個性的?で楽しかったです。また、ホストファミリーの次女のShiraがいつも面倒を見てくれ、その子とは日を重ねるうちにとても仲良くなりました。毎日お昼ご飯を持ってきてくれ、私が休憩時間の時や帰宅する時間に自分の教室から降りてきてくれてたわいもないことで笑ったり話したり毎日すごく楽しかったです。私も実際二個下の妹がいますが生活リズムの違いや個人の予定などにより普段からこんなにお互いが話したりすることもないのですごく新鮮に感じました。平日の帰宅後も、土日の休日もホストファミリーはいつも私を気遣い笑顔にしてくれました。ものは日本より豊富にある訳ではないけれどその分人も温もりというか優しさを実感することが出来ました。
*フィリピンから帰国し約1ヶ月が経ちましたが未だにホストファミリーと会えないのはとても悲しいです。でも、とても大切なことを再認識させてくれたホストファミリー始めRASAに感謝の気持ちでいっぱいです。参加して本当に良かったです。ありがとうございました!!


The End

 

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