2016年8月21日~27日
第1回 Study Tourに参加したボランティアの声です
A.K.さん
「異文化の地で得たこと」
よく、私達は「当たり前のことを、当たり前と思ってはいけない」といいます。しかし、その当たり前の環境の中で生活していると難しいことです。私は、社会人になる前のこの学生のうちに「当たり前」ということについて体で体感しなければいけないと思っている時に、今回のRASA-Japanの活動を知り参加しました。一言で、感無量でした。見るもの触れるもの経験するもの、すべてが新鮮でした。この歳になって、新鮮な日常生活を送るなんてことがなかったからこそ、日本にいたら絶対に味わえないようなことがフィリピンではたくさんありました。朝起きてニワトリが鳴いていたり、路上では野良犬や野良猫が水たまりの水を飲んでいたり、部屋には虫が歩いていたり…でもそんな日本でも起こりうる光景を見て「みんな必死に生きているんだな」って思いました。いつもなら当たり前に視界に入ってくることが、フィリピンのカブヤオ市にいただけですごく新鮮で初めて見るかのような光景ばかりでした。
その他に「人の温かさ」を肌で感じました。皆さん、家族を大切にしていますか?私は大学生になってから、家族全員揃ってご飯を食べることが減りました。温かいお風呂に入れて、きれいになった洗濯物が畳んであって、温かいご飯が机に並んでいる。毎日毎日お母さんがやってくれていることに「当たり前」を覚えてしまって、感謝の気持ちを伝えることがなくなっていました。しかし、フィリピンで1週間過ごしていて、日本に帰ってお母さんにどうしても「ありがとう」と伝えたくなりました。そんな気持ちにさせてくれたフィリピンの方々の人の温かさは言葉にするのはとても難しいです。これまでに、フィリピン以外の国で3度のホームステイを経験しました。もちろんどの家庭のホストファミリーも素敵な方々が多くて、そのおかげで今の私がいます。今回のホームステイは1番期間が短く1番貧しい暮らしでした。しかし、1番人が温かいと感じました。私のことをゲストとしてではなく、家族の一員として受け入れてくれました。お互いの母国語が英語ではなかったけど、ホストファミリーも、私もお互いの持っている語学力で、体全体を使って感情をしっかり言葉にして気持ちを伝えあって生活していました。「ありがとう」の一言がこんなに嬉しい言葉だなんて、人生で初めて思いました。
そして、何よりも現地の子供達です。今回のSTUDYTOURのメインであった子供達に給食を作るボランティアを通して、自分の心の狭さや日本にいると出てしまう醜い性格の部分に対してとても情けなく感じました。子供達はみんなやせ細っていて、給食を作っていると、お腹を空かせた子供たちが匂いにつられてやってくる、そんな繰り返しの毎日でした。数多くの野菜を一口サイズにカットして、大量の肉を大きい鍋で野菜と一緒に炒めて、100人分の具だくさんスープが完成します。それと、カップ1杯分の白米が1人分の給食でした。それを子供たちは美味しそうに頬張って、食べることに夢中で食べ終わるまでは、誰も一言も喋らずペコペコになっているお腹を満たしていました。そんな美味しそうにご飯を食べている子供達が愛おしく感じました。給食が終わると、子供たちは物珍しそうに私達ボランティアメンバーに紙とペンを持ってきて「名前を書いて」と集まってきました。読めない日本語を嬉しそうに上から指でなぞって、名札に書いてある私たちの名前を呼んで手を振ってきて、それに答えると、また嬉しそうに飛び跳ねていました。素直な子供達を見ていたら普段日本で、相手にする際の発言を気にしたり、窮屈に生活して嫌になっていた自分の心が洗浄されたようでした。この1週間のフィリピン生活で、こんなに表情と心を豊かに毎日笑っていたのは初めてのことでした。心からフィリピンの生活・人・モノ・全てが愛おしく感じました。
今回の経験を通して、日本に帰国してからの日常生活に変化が起こりました。朝起きてから夜寝るまでの行動や身に起こる事1つ1つが「当たり前じゃないな」と思うようになりました。そして、家族・友人・恋人を今までよりも大切に思い、気持ちを伝えるようにもなりました。フィリピンに行くまでは、つまらないと思っていたことも、今では心から笑えます。そんな感情や考え方を与えてくれたフィリピンで出会った人たちに、とても感謝しています。こんな純粋な感情を取り戻させてくれたそんな地に、いつか帰りたいと思います。
I.M.さん
私はこれまでも何度か”ボランティア”というものに参加してきました。
その中で毎回強く思う事は、「自分の無力さ」です。
栄養失調の子供達に給食を作るボランティアをしにフィリピンまで来たのに、実際やったことといえば、食器を拭いたことと野菜を切ったことくらいです。
実際に運営してるのは先生方であり、思い返せば、わざわざ野菜を切る作業のたくさんあるメニューを選んでくれていたのかな、とも思いました。
ボランティアに来てるのに、何の役にも立ってないんじゃないか、逆に迷惑なんじゃないか、と思うことがたまにあります。
今回も、ホームステイをする中で、ホストファミリーから寝床を奪っちゃったり、小学校では、自分たちが折り紙を教える中で、子供達の貴重な勉強時間を削ってしまったり、もしかしたら自分のやっていることはただの偽善なのかな、と思ったりもしました。
それでも、“その人にしかできないこと”はきっとあって、今は、今の自分にできることを精一杯やればいいのかなと思えました。
改めて、ひとつのことをやり遂げるにはたくさんの人の協力が必要で、ひとりでできることには限界がある、と強く感じました。
フィリピンは今回で3回目だったので、少しは頼ってもらえるように頑張ろうという気持ちで参加しました。
初めはみんながトライシクルやバロットに驚いてるのをみて初々しいなあと余裕をかましていましたが、そんなのはその時だけでした。
相変わらずメリエンダの量はすごかったし、シャワーのたびに日本に帰りたいと思いました。
特大サイズのゴキブリが毎日出て、かさねちゃんと毎日大声で叫びました。ホテルのバスがいつまで経っても迎えに来なかったことや、洪水した道路をずぶ濡れになりながら渡ったことも全部いい思い出です。
また、藤井さんのご配慮で以前のホストファミリーに再会することもできました。
みんなとフィリピンに行けてよかったです。
ありがとうございました!
S.S.さん
「違い」
「感謝」
春のボランティアが終わった時と今回のボランティアが終わった時を比較して自分が抱いた感想で一番違うものです。ボランティアを終えた今、「感謝」の気持ちでいっぱいです。
僕は、春のボランティアに参加したとき、人生で一番楽しい日々を過ごすことができました。そんな日々を過ごすことができたのは、もちろん関わってくれたすべての人のおかげで、「感謝」の気持ちがありました。しかし、自分自身を振り返ってみて、自分が何か残せたのか、何かの役に立つことができたのか考えたとき、もっとできることがあったのではないかと思いました。このもやもやを解消したい。主体的に、自分自身のすべてをボランティアに注ぎたい。そんな思いで今回のボランティアに参加しました。
僕は、リーダーに立候補しました。リーダーなんて人生で極力避けてきた役割で不安でいっぱいでした。リーダーとしては、反省点だらけで、自分って駄目だなと思うことだらけでした。それでも、良かったと思いました。ボランティアは一人でやるわけではないから。藤井さん、ボランティアのメンバー、学校の先生たち、現地の人々皆の力を借りて、何とか無事にボランティアを終えることができました。自分ひとりの力ではできることに限界があっても、みんなの力を借りればその限界を簡単に超えることができる。だからこそ、みんなに「感謝」を忘れてはいけないと感じました。
僕は、足を虫に刺されて病院に行くハプニングに見舞われました。くるぶしが行方不明になるほど青く腫れて、正直めちゃくちゃ痛かったです。そんなハプニングを通じてフィリピンの人々の優しさに触れることができました。学校の先生たち、ホストファミリー、病院の先生たち皆が本当に心配してくださって、色々な声をかけてくれました。みんなのおかげで、無事、足の腫れがひき、回復しました。その優しさに感動し、本当に現地の人々に「感謝」です。
日々の生活に「感謝」しようと思いました。僕たちが当たり前のようにしている生活は決して当たり前ではないことを改めて認識しました。学校の給食を本当においしそうに食べる子供たちの姿を見て、ごはんを残さずに食べようと思いました。ごはんを食べることができるというのは当たり前のことでなく、世界にはしっかり食べることができない子供がいるということを忘れないようにしようと、だからこの今の生活に「感謝」しなければいけないと強く思いました。
結局、今回も助けられてばかりでほんの少ししか貢献できていないと思います。でも、本当に素敵な日々を過ごすことができました。
「ありがとうございました」
Y.M.さん
「Volunteer & Study Tour」
はじめての1人で海外だったので不安も多く色々心配でしたが、周りの方の支えもあり1週間とても貴重な体験をできて本当によかったです。
また先輩方の友達の留学体験でホームステイに行ったのに食事も家族と別々で歓迎されなかった方もいると聞いて、今回お世話になった方々がどれだけ温かい人なのか恵まれていることに気づくこともできました。
1日目、学校も大きく綺麗に管理されていて全校生徒6000人、教員150人というあまり実感のわかない数を聞き驚きました。それ以上に150人の教員の中で男性の方が15人ほどしかいないことに驚きました。ホームステイでお世話になったお宅は3階建てで私たちのためにスリッパやタオルだけではなく、お土産、フルーツなど用意してくれていてカーテンも新調してくれたと聞き、すごくありがたく思いました。
2日目、朝買われている鶏に起こされ、学校では月曜の朝礼のようなもので盛大に歓迎していただき子供達の多さと元気に圧倒されました。
買い出しについていかせていただき市場やスーパーに行きましたが魚とお肉の臭いで強烈で、魚は生きているものが多く、お肉はその場で切っていてどちらも新鮮そうでした。
食べ物だけでなく文具やアクセサリー、靴、おもちゃが大量にあり、売っている人は皆気さくでしゃべりかけてくれました。セブンイレブンやマクドナルド、ミスタードーナツなどメニューは違いましたが、日本でお馴染みの店も多くあり驚きました。スーパーでは警察官が入り口に立っており手荷物チェック、万引きチェックを行っていました。
3日目、だいぶ慣れてきたこともあり、周りをよく見てみると男性はトライシクルの運転手をしている人が多く、家やベンチなどで寝ている姿をよく目にしました。教養のない男性は職がなく収入も安定しないことが多いそうです。
3日目、観光とお買い物をしたいという要望に答えていただき、ハイスクールやフィリピンの独立に貢献したホセリサールの記念館、教会、ショッピングモールに連れて行ってくださり、フィリピンの歴史に触れることができました。
車に乗っていて栄えてるとこと栄えてないとこの差がすごくはげしく、栄えている都会は治安が悪いとのことでした。
教会の前では買って買ってってと売りに来たり、小銭じゃらじゃらさせてお金をねだってる人がいた。
4日目、お散歩では日本語のせっけんやおかし、Tシャツや車と見つけることができた。近所のハイスクールの子と話していると、今フィリピンでは韓国が流行っているらしく自分のすきな韓国人を見せてくれたり、曲を踊って見せてくれた。私がすきなジャスティンビーバーも人気で曲をかけると皆上手に英語で歌ってくれてとても楽しかった。
わざわざ従兄弟やおばさんまでよんで紹介してくれて大家族仲が良く、賑やかで笑顔が絶えなかった。
1週間を経て、あらためて人の温かさ、子供達の純粋な元気と笑顔に触れられ、とても良い経験になりました。」
I.R.さん
「貧困に苦しむ小学生への給食支援活動」
私は、今回のボランティアを通して「食で人と人を繋ぐ」という事を学びました。言葉も宗教も生活環境も日本と、全く異なるフィリピンで「食というツール」を利用して、人と人との結びつきを作ることが出来ました。
まず、給食室に入り目に留まった物は、給食のメニュー表でした。これは、日本の小学校にも見られる光景です。最も驚いたことは、味付けが日本と似ているということです。又、日本よりも多く米を食べています。初めて、フィリピンのお米を口にしましたが、大変美味しかったです。
生徒は、6000人もおり最初見た時は、圧倒されました。これだけの子供がいれば、何か才能を持っている子供が多くいるはずです。しかし、日本と比べ才能を導き出す環境が整っていないと思いました。その一つとして、学校にグラウンドが存在しないという事があります。私が小学生の時は、グラウンドが大きな遊び場であり、体を動かしていました。しかし、フィリピンの小学校では、下がコンクリートで出来ている為、思いっきり体を動かすことが出来ません。その代りに、ダンスをよく踊っているのを目にしました。正直、私が行って子供達にたいしたことは出来ていないですが、私達が行き子供達と接することで、子供達にとって大きな意味があると感じました。
私は、今回ホームステイを初めて行い、ホストファミリーを初めて持ちました。今回のボランティアでは、フィリピンの人々の優しさを肌で感じました。本当に、ホストファミリーは家族のように接してくれました。これが、今回最もボランティアに行って良かったと感じたことです。
私は、「食で人と人を繋ぐ」という事で、給食では「おにぎり」を握り、日本食文化に接してもらいました。また、ホームステイ先では、フィリピンのお米を生かした「チャーハン」「ハンバーグ」を作り日本人が作る料理、味に接してもらいました。私は、今回ホームステイ先でフィリピン料理を挟み、多くの会話をしました。そこで、「食で人と人を繋ぐ」という事を実感し学びました。今回のボランティアから、多くの経験をし、ものを見る視野がまた広がりました。
A.H.さん
「フィリピンスタディーツアー」
初めてのフィリピンでは、驚きの連続でした。
道路はきれいに舗装されていなく、泥で進めない状態になっていたり、中学生くらいの男の子が平日の昼に屋台で働いていたり、日本では考えられないことがたくさん起こっていました。
今回の支援先であるサウスビルⅠ小学校では、5、6年生が給食を食べることができます。家では十分に食事を摂れていないせいか、6年生でも140㎝なかったり、とても身長が低い子が多かったのが印象的です。制服も、薄汚れたものを着ていたり、かかとがはみ出るくらいの小さいサンダルを履いていたりと、子供たちからもフィリピンの貧しさを実感しました。
サウスビルⅠ小学校の給食は、週単位のメニューでした。使われる食材もほとんど同じで、味付けが代わるだけでした。それでも子供たちは文句を言わずに、残さずたべていました。食後は歯磨きをしますが、何人かの児童は歯が黒く抜けていることに驚きました。
給食作りがおわり、ひと段落付き、小学校も午後の子供たちが登校し始めると、私たちの周りには子供たちがたくさん寄ってきます。ペンとノートを持って、サインちょうだい!といって囲まれる毎日でした。フィリピンの子供には漢字と平仮名がとても珍しいらしく、私の名前をひらがなで書いて!といわれたり、あなたの名前は日本語でどう書くの?など日本語に興味を持っているようで、とてもうれしかったです。
H.A.さん
私は、今回長期の休みを利用して、海外でのボランティア活動に参加してみたいと思い友人の紹介で参加しました。
初めての東南アジアで、テレビでしか見たことのない様子を実際に見てみて、カルチャーショックを受けました。しかし、それ以上に驚いたことは、人々の温かさです。
近所で同じ職場に行くと言って車に乗りあったり、近所の子供たちがよく家に来て一緒に遊んだり、夕飯が余ったら近所の人にあげたりなどとにかくみんなで助け合っているという事がよくわかりました。また、それが当たり前のようにみんながみんなやっていたので驚きました。もう一つ驚いたことは、子供たちの目が輝いていたことです。私たち日本人がいると興味津々そうに、近づいて来たり、手を振ってきたり、サインを求められたり、そのときいつも目が輝いていました。給食の時間になると喜んでやってきて、すごい勢いでおいしそうに食べる姿を見て、見ている私もうれしくなりました。
また、私たちが授業をやったとき、折り紙を真剣に取り組み、手裏剣が完成したときには全員が笑顔になっていました。
ひらがなの勉強をした時には、自分の名前をひらがなでみんな必死に書いていました。その時も自分の名前はどう書くの?などみんな積極的に取り組んでいました。もし逆にこれを日本の小学校でやるとなると、こんなにも真剣にやるだろうかと疑問に思いました。こんなにも人懐っこく接してくれるだろうかと考えましたが、たぶん接してくれないと思います。フィリピンの子供たちはみんな学校が大好きで、学ぶことが大好きで、いろいろなことに興味を持ち、何事も楽しんでやるから目が輝いているのかなと思いました。
しかし、日本との相違点は、子供の人数に比べ学校の数が少ないため、5、6年生以外は午前中で授業が終わってしまったり、幼稚園では12時~15時、15時~18時と2部に分かれているという点です。こんなにも子供たちは生き生きと勉強しているのに学校の数が少なく、日本の子供たちの半分の時間しか勉強できないと考えるともっと学校の数を増やし、もっと勉強できる環境を作るべきだと思いました。また、日本の小学生に比べると、どう見ても小さい子ばかりでした。学校では給食を食べれても家では栄養の摂れる食事ができていない子が多いのかと思いました。
フィリピンでは、人々の温かさを感じました。日本人も温かい心をもっていると思っていましたが、フィリピンの人々はそれ以上の温かさを持っていると今回訪れて思いました。それは今後日本人が忘れてはいけない大切なことだと思いました。
初めて発展途上国と呼ばれている国を訪れましたが、私が出会ったフィリピン人は皆豊かだと感じました。それはきっと心が豊かでそれが周りの人も豊かにするのではないかと思いました。今回1週間という短い時間でしたが、あっという間で密度の濃い時間でした。
何よりであった人に感謝したいです。フィリピンという国、人が大好きになりました。日本にはないことを学ぶことができ、本当によかったです。子供たちに出会えて、学校の先生、ホストファミリーに出会えて本当によかったです。
K.H.さん
「フィリピンは私のアナザースカイです!」
私がこのボランティアに参加した理由は、時間がたっぷりある大学生のうちにまだ行ったことのない国へ行ってみたいという気持ちと、ボランティアに興味がありこの活動を通して自分の視野を広げたいと思ったからだ。自分一人で参加を決めて申し込んだので、最後まで自分ひとりでやろうとお金等も全て自分で出し、いつもとはひと味違う夏休みにどきどきしていました。ただ同時に、行く前に確認したグーグルアースでは、およそ日本では見られないような風景が映し出されており楽しみな反面、正直よく知らない人の中で過ごすというもありちゃんとやっていけるのかなど不安も感じていた。
このボランティアに参加する前、私はフィリピンとは貧しい国で、どこもほとんどの家庭はスマートフォンやパソコンなどの電化製品やネット環境もないものだと考えていた。しかし実際は、マニラには日本のものと変わらないかそれ以上の規模のショッピングセンターやコンビニ、ファストフード店があり、多くの人がテレビはもちろん、スマートフォンをもっていて、子供ももれなく使いこなしておりとても驚いた。田舎に行くほど貧しくて治安は悪く、スマートフォンやカメラなどの電子機器は現地の人々にとっては高級品であり、窃盗の対象となりうるのではないかと勝手な思い込みをしていた。が、予想の全くの反対、田舎はそう言った犯罪とは無縁でむしろ夜になると近所の子達が扉を普通に開けて遊びに来たり、朝私たちより早くに家を出るマザーや子供達の代わりに、近所に住むフィーディングプログラムで一緒に給食を作る現地の方が、私たちを起こしてご飯も食べさせ、マザーから預かった鍵でドアを閉め学校に向かったりしたときには、本当に目玉が飛び出るほど驚いた。中心地のマニラは逆で、ショッピングモールに入る前など警備員が身体検査をしていたのには、これまた日本にはない光景でびっくりした。夕食の後にマザーが言った、「近所の人たちや村のみんなは助け合って生活しているんだよ。」という言葉は強く印象に残った。フィリピンは確かに、トイレは水洗じゃなければ便座もないわ、バスルームとの同居の仕方がちょっと雑だわ、さらにシャワーはささやかな流れの水しか出ないしまさかニワトリの声で朝起きるとは思っていなかったなどで、最初心が折れそうになったのは確かだが、それでも私は未だにフィリピンでの生活が恋しい。私の心はフィリピンにある。私がこれだけフィリピンを恋しく思うのは、あそこが私の心を満たしてくれていたからだと思う。確かにあの村は日本のように豊かかと言われれば、高いビルや私たちが当たり前に享受する衛生環境や物質的な豊かさはないかもしれないが、私はあそこで生活してみてあそこを貧しいと決して思わなかった。村は日本で感じる無機質なイメージと違い、とてもカラフルに見えたし、彼らはいつも大きな愛で私を迎え入れてくれた。ファミリーや近所の人たちは私を本当の家族のよう扱ってくれた。ミリエンダという日本にない文化で滞在中はお菓子やごはんばかりでいつでもお腹がいっぱいだった。トライシクルに乗るのもバイクの三人乗りもでこぼこ道のバスでの道のりも日本では体験できないものでとても刺激的だった。また日本にいたら、学校から家に帰ってしまえば家族以外ほとんど人と関わることはないのだが、このボランティア期間中、寝る時も二人で寝ていて、日中も他のメンバーと一緒にいるか、ホストファミリーや近所の子ども達と話したり、遊んだりしていた。一日を無駄に過ごしていると感じることはなかった。とても濃い毎日だった。
フィリピンでのボランティアで誰かに何かしてあげられればいいなと思っていたけれど、与えてもらった事の方が何倍もあった。フィリピンは貧しいからかわいそう、何かしてあげないと、という上から目線で考えていたのだと思う。しかしツアーが終わった今そうした考え方を恥ずかしく思うし、滞在中にもむしろボランティアにきたのにこんなにお世話になっていて大丈夫だろうか、迷惑ではないか、と考えたりもしていた。自分たちの勝手な物差しで物事を測るばからしさを私は思い知った。それでも次にフィリピンに行ったときには、たくましく生きる彼らに私たちができることを見つけ、実践してみたいと思う。また今回は少々お客様待遇で、全然力になれた気がしなかったので次の機会にはぜひもっとこき使って欲しいとも思う。
私たちの訪れたフィリピンを思い浮かべると、かつての日本と重なります。日本がアメリカの後ろをいき、歩んできた道を今フィリピンが同様に歩いている。いつになるかは分からないが、フィリピンが発展を遂げたとき、彼らは日本が発展と共に失ってしまった余裕を持って毎日を生き、人と人とのつながりや笑顔、心の温かさを持った人々が暮らす文化は残していってほしいと思いました。そしてそれらを失ってしまった日本などにその重要さを思い出させて欲しいと思う。心残りなのは、高校生の頃も何とかホームステイやっていけたしまあ何とかなるやろ、という甘い考えで今回のツアーに挑んだら、もっとホストファミリーとたくさん色んな事を話したいのに、上手く言葉が出てこず、何度ももどかしい気持ちになったことだ。こんなに英語が話せない事を後悔したことはない。もっと英語が堪能になっていろいろな話をしたいので、ぜひもう一度リベンジしたいと思う。
最後に、今回お世話になった方々ありがとうございました。ボランティアにはこのメンバーで行けてよかったです。最後に誕生日を祝ってもらったのもうれしかったし、これまでで一番の誕生日になりました。またそろそろ日本の生活に慣れてしまいフィリピンの生活が恋しくなってきた頃なので、近いうちにスキルアップも遂げてまた訪れたいと思います。