貧困の連鎖を断ち切り、貧しさの中で懸命に生きている子供達に、すばらしい未来を

2006年

RASA2006ボランティア二年(当時)女子の書いたレポートをご紹介します。

フィリピンでの18日間の生活は、他国で違う生活を味わったというよりは、異国の空間で自分の時間を過ごせたと言ったほうが正しい。それだけこの旅で自分自身を見つめなおすゆとりの機会が与えられた。日本と違いフィリピンでは、時間がゆっくりと過ぎていく。考える時間、見つめなおす時間、振り返る時間など、日本の多忙な生活の中で自分になかった時を得て、物事を第三者の視点から見ることが出来た。日本では忘れかけていた単純な喜びをも思い出していく。それが資源のありがたみ。
 十分な資源が足りないこの国では、水、火、電気を無駄に使用することはめったにない。携帯、インターネットなどの普段から使用しているものが断たれ、この節約生活に慣れた時、人間は必要最小限のものがあれば生活できるということにも気付き、考えさせられる。
技術の発展が進む自国を決して恥じる事はないが、なぜか後ろめたさを感じる。だがこれは文化の違いなのだと自身で信じながらも、その他のカルチャーショックに前向きに向き合っていこうと心に決めながら18日間生活した。
 特に文化の違いについて一番刺激的だったのが、ホストファミリーとの生活だった。 決して裕福でない彼らは私を盛大に、そして不自由のないようもてなしてくれた。 互いの文化を尊重し、私は日本の文化の美しさを伝え、彼らは、フィリピンの文化の素晴らしさを沢山教えてくれた。
 そして私は沢山の嘘をついた。 それがこのホストファミリーと過ごす二週間を悔いないものにするためだった。 主についたのが金銭に関する嘘。私のホストファミリーの亭主は一日に250ペソ(注フィリピンでは高級取りといえる)を稼ぐと話してくれた。 少し照れ笑いしながら話すその金額は日本円で約500円。 私はその数十倍を今回の旅に持ってきたとは口が裂けても言えず、私の家でも同じくらいですよ、と彼らに伝えた。私の家には何があるのか、父親の仕事は何だ、などの質問をされても私は正直に答えなかった。 一番恐れていたのは事実を話す事によって彼らの態度が変わってしまうかもしれないと言う思いからだった。 彼らを傷つけぬよう嘘をつく自分を恥ずかしく思うこともあった。 お金があることによって、その余裕で人を上から見て、同情しているのかと、と。 しかし今では、後悔していない。
 全く違う文化のもの同士、正直に本音ばかりをぶつけ摩擦を生じさせるよりは、嘘から始め、少しずつ事実を述べればいい、焦らなくてもいい、と思うことが出来た。 決してそれが一番正しい方法だとはいえないが、私なりの異文化に於けるコミニュケーションの大切な要素の一つを見出す事ができ、時間を通して外国にまた新しい大切な家族が増えた。
 70%と30%。これはフィリピンの貧困状態を説明する際に欠かせない数字だ。 フィリピンの30%が裕福な人々、70%が貧乏な人々、そしてその70%の内の10%は超貧乏(Super Poor )と呼ばれる。 今回の旅で私はその3つ全てを見ることができ、それと同時に同国の中で異常な格差の違いを目の当たりにした。 250ペソを一日で稼ぐ家庭にホームステイしながら、フィリピンの都会に住む友人と過ごした一夜に、彼女は5000ペソ以上使った。 何故同じ国内でここまで格差が激しいのか。 フィリピンは昔から他国から沢山の支援を受けているではないだろうか。 独立せずに植民地であるほうが国として成り立つのではないか、と色々な疑問が駆け巡り最終的にたどり着いた壁が、“社会を、人を変えることの難しさ”だった。 フィリピン人一人一人がこの貧困の深刻な問題を理解し、受け止め、変えていうという意思がない限り、問題は解決しない。
 ただ、単純にそうすることが難しいのである。 その日その日の生活で精一杯の70%の人々には心の余裕がないからだ。 しかし、笑っている人しか見ない。 常に人々は笑顔で自分の国が大好きだと言う。そして一向に良くならない情勢を見つめて嘆くよりは、今この時間を笑顔で過ごそうという、いい意味での開き直りのように私の目には映った。 やはりどこにも完璧な国などないのだろう。 安定さを持つ日本は決してフィリピン人の暖かさにはかなわないと感じたからだ。

topu2 “人間の尊厳のために”というモットーを掲げた大学に在籍しながら、その大切さを知らなかったことが、この旅で一番恥ずかしいことだった。
 ゴミの山の横の学校で学問を教える神父様は、人を助けるには実際にそこの人と共に生活をし、分かち合わなければならないとおっしゃった。
 この国に必要なのは一時的な援助ではなく、現地の人々が自立し自国の援助金を自ら作ること。 その場しのぎの援助ではなく、未来へとつなげる援助が必要であり、その際大切なカギは“教育”なのだ、と。 そしてもう一つ忘れてはならないのが、宗教の大切さ。辛い情勢の中で生きる彼らにとって、心にゆとりを持てる機会を与えてくれるのがキリスト教の存在。 神を信じ、神に愛されているからこそ、この厳しい生活をしていけるのだ。
 親は仏教の信仰者だが、もともと信仰の私には今までの神の存在をどちらかと言えば、否定する側に立っていた。 しかし今回の訪問を通してキリスト教が彼らにとってどれだけ心の支えになっているかがよく解った。
 “援助でなく自立”“教育と宗教”そして“人間の尊厳のために”この3つが今回の旅で最も意味を持つ言葉となった。 そしてボランティアを終え、自分がこの18日間してきたことは間違ったことではないと確信し、少し自分を誇ることができた。

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