認定特定非営利活動法人RASA-Japanは、フィリピンの社会的に弱い立場の人々の自立を支援しています

2008年

Y.Kさん RASA

 フィリピンで過ごした約二週間はなにもかもが新鮮で、とても充実していました。最初に学校に着いたとき、たくさんの子供たちが日本の旗とフィリピンの旗を持ちながら歓迎してくれた時は、びっくりしたのと同時になぜかわからないけど、すごく感動しました。実は影でちょっと泣いてたりして…え。ホームスティ先は想像していたのと全く違って、結構リッチだった♪お風呂は毎日修行だったけど(‘A`)あと、一日五食はきつかった…。特にお昼ご飯。量が多いうえに、ママ逹にずっと観察されて(笑)でも味付けとか日本食と結構似ていておいしかった♪フィリピンにいた間はお腹が空くっていう感覚がなかったような…。マックもあったしジョリビーもあった。あっ、ジョリビーのハンバーガーにはケチャップ入ってなかったけど(・∀・)買い物に連れて行ってもらった時は、正直驚いた。ショッピングモールがすごい大きさでこんなに大きいショッピングモールがあるなんて思ってもいなかった。それになによりも、物が安い。安すぎる!!アイスクリームなんて15円だった\(^O^)/学校建てる作業は大変だったけど、すごく楽しかった。みんなだ歌唄いながらとか、いろんな話しながらとか。一番大変だったのはブロック運ぶ作業かな。でも日に日に学校のかたちになっていくのが嬉しかった。現地の人たちも手伝ってくれて、本当感謝してる。現地の人たちの協力がなかったら絶対に学校を建設することはできなかったと思う。あと、コンクリートを練る作業は楽しかった。現地の人たちのレベルには到底及ばなかったけど←当たり前。フィリピンの人たちはみんないつも楽しそうだし、何よりも本当に幸せそうだったな(^ω^) 子供たちが外でわいわい遊んでたり、誰かの家の前で集まってマッタリお喋りして過ごしたり。一日一日がスローライフ。知らない人でもすごいフレンドリーで、みんな一緒にご飯とか食べちゃったりして。今の日本ではない光景がたくさんあった。日本人はいつも時間に追われて毎日セカセカ動いているけど、日本でも昔はこうした光景がいっぱいあったと思う。山田さんが言っていたけど、日本は裕福な国なのに幸せ度が意外と低い。だけど逆にフィリピンは貧しいけれど、幸せ度がいつも上位なんだって。なんかこのRASAをとうしてそれが実感できた気がする。そして今の日本いついて色々考えることができる機会にもなった。でも最後の日にマニラに行ったら、マイティムとは全く違う光景があった。同じ国だからといって、やっぱりみんな同じ生活なわけがないというのはわかってはいたけれど…。スモーキンマウンテンで神父さんにフィリピンの話を聞いて、本当に勉強になった。私たちが見たフィリピンはほんの一部でしかなくて、もっともっと色んな現状があること。だから、またフィリピンに来て、今回知ることができなかった部分を見て、もっと勉強したいと思った。それに、ホストにもまた逢いたい!!自分たちが造った学校も見たいしね☆ 最後に…RASAメン最高!!!!!!

(゚3゚) (^ω^)  (∵)  (・∀・)  \(^O^)/

Y.Kさん

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 フィリピンとRASAメンがめッちゃ大大大好きなゆきえです(*^_^*)何から書いていいのかわからないくらいフィリピンでは濃い毎日を送っていました☆ 毎日が、一分ごとが楽しすぎでした!フィリピンで一番心に残っているのは、人々の心の温かさ。さぶちゃんが言ってたように、フィリピンの人たちは自分の持ち分を確保せずに100%をみんなに分け与えていた。家が貧しいにも関わらず、私がマイティムを出る前夜、泣きながら「一番大事なおもちゃあげる」とテディーベアをくれたクリスチャン。一回しか話したことがないのに、帰るときに泣いてくれたメイドのアテ・スーサンや隣の家のおばさん。帰る前前夜には、隣の隣の家のアテ・メルとクーヤ・マリオンがパーティーを開いてくれて。近所の知らないおじさんと飲みすぎたこともあったけど(笑)本当に、本当に優しさが身にしみて。日本で忘れていた、思いやりの大切さを思い出させてくれた。それと、驚いたことが、隣のりなの家の91歳のおばあちゃんが、すっごく大事にされてて、みんなに敬われていて、目が輝いていてまだ大黒柱敵存在だったこと!日本では、老人ホームのバリアフリー化とかいってるけど、老人ホームがある時点で、世話を放棄してるのでは?とか、こうやって他国を知ることで、日本を見つめなおすことにつながると実感しました。そして何よりも!幸せは、物の豊かさではないと痛感しました。携帯やテレビがなくても、優しさがあるだけで、こんなにニコ②とストレスフリーな生活が送れるのかと驚いたほどです。この気持ちを日本でも絶対に忘れたくないと思う!!そして、「日本は冷たい国」で終わらせるのではなく、身近なところ、例えば、家族に対する思いやりや近所の人とのつながりを大事にして、日本を少しずつ温かい国に変えていきたい。RASAでの経験は、終わりではなく始まりだ!最後に、RASAのみんな!究極にmahal kita☆★☆★☆★

M.Iさん

一か月前の今頃にはまだフィリピンにいて、建設作業をしたり、ホームステイ先の家族たちと過ごしていたのかと思うと、なんだか懐かしいです。今回の活動は私にとっての初めての海外旅行の経験だったので、出発する直前まで不安な気持ちでいっぱいでした。けど滞在中、たくさんの現地の人々が温かく接してくれたので、そんな気持ちはいつの間にかふっとんでいました。特にホストファミリーには、いろいろな所に連れて行ってもらったり、食べさせてもらったり、タガログ語を教えてもらったり、歌を教えてもらったり、ゲームを教えてもらったり・・・振り返るととても言い尽くせないほどお世話になりました。実際に行くことで、フィリピンの人たちには、日本が昔持っていたけど時代が進むにつれて生活がどんどん豊かになる反面、失ってしまっていった家族や友人、隣人などの人と人とのつながりを大事にする心、どんなけ貧しくてもそれを自分の運命と受け止めて、その中で前向きに生きていく心があるからこそ、自分が幸せだと感じる国民の占める割合が世界的にみてもたいへん高いのだということを自分の身をもって学びました。現に、トイレ・お風呂だったり、物質の量の多さや質の良さだったり、明らかに日本の方が生活していく上で便利なのにも関らず、滞在中一回も日本に帰りたいとかホームシックになることなく過ごすことできました。村を離れる最後の日、バスに乗った瞬間に、本当にこの村を離れなくてはいけないのだ、ホストファミリーと別れなければいけないのだと一気に実感してきて、どっと涙が溢れてきました。村を出てからはマニラに行ったのだが、ここではあまりにも今までいた村の豊かさとはかけ離れた光景が目の前に広がっていて正直自分の中で大きなショックを受けました。ガリガリで、炭水化物しか栄養をとっていないために青白い顔をした小さな子供や大人たちが、おそらくその人たちにとっては高級なレストランに出入りする私たち日本人を待ち構えていて物乞いをしてきたり、ひっしに商品を売ろうとしてくるのを見て、なんとも言えない気持ちになりました。実際、フィリピンでは失業者率が非常に多くて、格差社会が非常に深刻な問題になっているのです。だけども、その現実を目の前にしても自分には何もすることが出来ない。それがなんか悔しくて悲しかったです。ホームステイがあまりにも楽しい最高の思い出すぎて、ついつい目を背けてしまいたくなってしまいそうになっていたときもありましたが、でもこれが現実なのだから、やっぱりこれに対してしっかり目を向けて考えていかなければいけないと思います。これまで書いてきたことの他にも、スモーキーマウンテンに行ったり、トヨタのフィリピン支局に行ったりなどなど初めてづくしのことばかりで、たぶん今まで生きてきた中でもっとも充実した18日間をRASAで経験させてもらいました。フィリピンからはもう帰ってきたけど、これからもっとフィリピンについて調べたり、格差や難民について調べたりしていきたいし、コミュニケーションをもっと円滑にとれるように語学の勉強も頑張りたいです。また、手紙やメールを送ったりして、ホストファミリーとの関係も大事にしていきたいです。そして、いつかまた再びフィリピンに行きたいです!

Y.Kさん

 

image005 初めに今回のボランティア全体を通してですが、なんだかボランティアをしたという達成感はあまり得られませんでした。というのもフィリピンに行っていろんな人を見ましたが少なくとも私達RASAが行った地域は豊かに思えました。トイレ,テレビ,携帯電話,食事…。これと言って何も不自由なところは見られませんでした。実際私が二週間生活できたのが良い証拠です。しかし、何よりも私が思ったのは日本の人よりみんな幸せそうに見えました。日本は先進国で物事に不自由なことはめったにありません。しかし私が思うにRASAが行った地域のフィリピンの方達は普通の日本人よりもみんな数倍幸せそうに見えました。物は単純に幸せになる為のツールであり,そのツールがそろっているだけでは簡単に幸せを得ることはできないと思いました。先ほどから否定的な意見ばかりを述べていますが、やはり外国に行くという事は行くだけで意味があると思います。というのも現地で生活することで、異文化に触れ合えることができ、世界の広さを知り、自分がどれだけちっぽけな存在かが分かるからです。さらにそういった経験を積むことにより自分の将来にかけての可能性が広がると思います。ホームステイの話をするのを忘れていましたが、僕は海外経験が豊富で、ホームステイも何度かしたことあるし、逆にホームステイを受け入れる事も何度かした事があります。そういった経験から言わせてもらいますとヒィリピンの方達は本当にみなさん人柄がとても良かったと思います。たった二,三週間一緒に過ごしただけなのに,別れの時にあんなにも大勢の人が涙を流したのは初めて見ました。RASAの人達もいきなりの環境の変化にあんなにも早く打ち解けることができるなんて凄いと思いましたが、それ以上にフィリピンの人達の寛大で優しい心に感動しました。最後に僕のホームステイ先の写真をのせておきます。

Y.Sさん 忘れられないこと・・・

わざわざ飛行場まで迎えに来てくれたこと、バスの中で飲んだパイナップルの缶詰の汁みたいなジュース、マニラの工事現場のおっちゃんたちがバスの中の俺らに手を振ってくれたこと、マイティムの子供たちが旗を振って俺らを迎えてくれたこと、これから始まるボランティア生活にワクワクしながら観たウェルカムパーティートイレと風呂、フィリピンの真昼の暑さ、作業2日目の地獄のセメント作り、フィリピンのご飯の量、タガイタイに行ったときに迷子になったこと、マイティムの子供たちとやったバスケ、ラサメン男子でガチでやったサッカー、ペソを賭けてやった大富豪、しょうへいが外出禁止になったこと、サッシュとデリアの親子愛、みんなで汗をかきながらやった教室作り、みんなで作り上げたソーラン節、最高に盛り上がったフェアウェルパーティー、マイティム・ホストファミリーとの最後の夜、マイティムとの別れの時のみんなの涙、てっしーのパスポート騒動、教会で神父さんが話してくれたマニラ・スモーキーマウンテンの現状、マニラのホテルでのバカ騒ぎ、わざわざ飛行場まで送ってくれたおばちゃんの優しさ、機内の寒さ、南山のランチ(瀬戸C)より機内食の方がうまかったということ、ラサメンの絆、マイティムの子供たちの笑顔、マイティムのみんなの優しさ、RASAで経験したすべてのこと・・・
全部俺の宝物。

M.Yさん

 

image006 RASAに参加して、たくさんの人に出会えて本当に良かった。私たちが滞在した村の人たちはみんな優しく、親切にしてくれた。一番印象的だったのは、みんなよく笑っていたこと。特に子どもたちは人なつっこい笑顔でよく笑っていた。作業が終わってホストファミリーの家に帰ると、近所の子どもたちが集まってきて一緒に話したり遊んだりして本当に楽しかった。そんな時間を彼らと共有できたことがとても嬉しい。いつかまたマイティム村に帰って、家族や子どもたちに会いたい。最終日にいったマニラ周辺では、貧困という厳しい状況を知り、自分が今までどれだけ恵まれた環境の中で育ってきたのか実感した。スモーキーマウンテンでは子どもたちが裸足でゴミの山を歩き回ってお金になるものを探していた。でも、そんな厳しい生活環境の中でも子どもたちは友達と楽しそうに遊んで笑っていたのを見て、たくましいなと思った。なぜ、こんな小さな子どもたちが物乞いをして生きていかなければならないのだろう。あの子どもたちが教育を受けられるように、彼らの生活が少しでも改善されるように、自分も何かしたいと強く思った。

K.Tさん

日本に帰ってきてから、スッカラカンになった生活費のために必死でバイトしていた今日この頃。すっかり文集の提出を忘れていたら、ヤスコさんからお怒りのメールが来ました。慌てて書いています。ごめんなさい。今、ラサの写真を見返して、マイティムですごしたの~んびりした時間を思い出しました。日本では、テストやらバイトやらサークルやらで、いつもケジュールに追われて、遊ぶ時はエネルギー使い果たすまで遊ぶような、ザ・大学生の生活に満足していました。でも、18日間みんなとゆったり過ごして、本当に楽しかった。なんだろう、う~ん…何だかすごく心が豊かになった気がしました。ボランティアで行くんだ!って割とガチガチした考えだったのに、めちゃめちゃたくさんのことを学べて、僕の人生の中でいつまでも心に残る夏です。また今、忙しい日々に戻ったけれど、あの夏を思い出しては、少しほっとします。やばい、今日もバイトいかなー。。。
めちゃ短くなっちゃったけど、空いたスペースにはみんなそれぞれの思い出をもっともっと書いちゃってください。

I.Kさん 第二の母国フィリピン

 

image007 私は元々途上国でのボランティアに興味があったので、RASAを知った時参加することを即決しました。現地へ行く前の鉛筆集めは正直あんまり集まらないと思っていたけど、予想以上に集まってすでに感動した(・∀・✿)! 現地について目に飛び込んできたのはボロボロの建物や家で、前もって本を読んでいたけど実際に自分の目で見るとショックでした。でも、マイティムに着いて村の人がめっちゃ歓迎してくれたので感激しました!こんなに歓迎されたのは初めてで「この人たちのために頑張りたい」と意欲がさらに上がりました。家に着いて毎日近所の人や友達が大勢集まってくること、外と内があまり区切られていなく動物と共存していること、水道が通っておらず雨水で生活していること、トイレやお風呂に電気がないことなどに驚きました。最初はビックリしたけど、ホストがフレンドリーですごく気遣ってくれたのですぐにフィリピンでの生活に慣れることができました。一歩家から出ると子供たちが元気に走り回ってキラキラした目で集まってきてくれたり、村の人みんなが家族みたいに温かく接してくれました。 私のホストが作ってくれる料理はもどれもおいしかった✿醤油を使っていたり、日本みたいな味付けだったので日本食が恋しくなることはありませんでした。マンゴーやパイナップルは安いし格別に美味しかった❤豆腐や干物を食べていたりと日本に似た一面も発見できました。ただ、ミリエンダがあったり、量が多かったので3キロ太りました。 いつも私の面倒を見てくれたホストシスターのEdloとはタガログ語をレクチャーしてもらったり、日本とフィリピンの生活、文化や歴史、恋愛、家族、現代の社会問題など色々なことを話しました。どの話も楽しかったけど、一番心に残ったのは家族の話でした。私のホストファミリーはパパがマニラに出稼ぎにいき、ママは毎朝早くにマーケットに出かけ物売りをし、一番下の15歳の弟も学校へ行かずに働き家族を支えていました。長女のEdloは大学を卒業しているけど働き口が見つからなく、家族に勉強させてくれた恩返しをしたいのと、今度は兄弟が学校に通えるようにしてあげたいといつも言っていました。みんなそれぞれ家族のことを思いやり、楽しいことも苦しいことも分かち合っていることがよく伝わりました。自分の日本での家族の在り方を考えさせられました。よくEdloはフィリピン政府は貧しい人に救いの手を差し伸べてくれないから、日本に働きに行きたいと言っていました。どうして貧富の差が生まれるのか、日本に何ができるのかもっと知りたくなりました。また、問題を抱えていても明るく人に優しくいることを尊敬するし、学びました。私が熱を出して寝込んでるときに本当の家族以上に心配してくれて一晩中背中をさすってくれました。ホストの心の温かみに触れて「家族」とは必ずしも血が繋がっていなくても「家族」って呼べるんだって思えました。また、18日間フィリピンで同じ時を過ごしたRASAメンバーも「家族」って呼べるくらい大好きです(>ω<❤)フィリピンで確実に私の人生に刺激のある経験ができたし、なにより多くの「家族」をつくることができました!みんなに出会えた奇跡に感謝します。
Mahal Kita!!!
A Thing Of Beauty Is A Joy Forever.

H.Kさん

 この18日間はとても濃い内容でした。俺の最も苦手とする人種「ゲイ」に囲まれ、彼らに「Kiss me」とせがまれた初日。その晩はリアルに泣きそうでした。
 ホームステイ先の環境は、もっと苛酷なものを想像していたので割と早く慣れることができました。ただ、ママがタガログ語しか話せなかったので、コミュニケーションには苦労しました。日本語が通じる人がいないという環境は初めてだったので、最初の土日は精神的にかなりキツかった。その土日に初めて見たフィリピンのTV番組。フィリピンのアイドルは歌って踊れなきゃダメなのかね。2日間キツい状態が続いたもんで作業日に日本人に会えた時のよろこびはそうとうなものだった。作業内容は、ほんとにゼロから作ってくような状態で、機械もなく地味な作業ばかりだったけど、けっこう自分にむいてたりするかもしれない、とは思ったね。
 現地の子供たちはすぐに名前を覚えてくれました。ヒロワキだったけど。初めて見たような気がする子も「ヒロワーキ!!」と呼んでくるので驚いた。いきなり現れた外国人にあんなけよくしてくれるなんておもわなかった。ちいさな子だけじゃなくてポギメンや親戚のジェリック、近隣のゲイさんみたいにわりと歳のちかいこたちも仲良くしてくれた。この辺の年頃の人たちとうまくやっていけるかが一番不安な点だったから安心しました。ポギメンがむこうから挨拶してくれるようになった時はうれしかったよ。あと別にフィリピン関係ないけど友達が近くに住んでるってことがうれしかったかな。んであとみんなで行ったプールとかショッピングとかも。
 ああいう時間に追われることのない生活っていいね。なにもないなにもしない土日がメチャ長く感じるし。ぼーっとしてて気が付いたら寝てたような生活。最高。それに家にはいろんな人が出入りしてだれがどこに住んでいるのか分からない状態。忍者のように突然現れて家の玄関で寝ている山田さん。すべてが自由。携帯を持たずにあるく開放感。本来の生活をすこし体験できた気がした。そういう環境で生活しているからみんな人柄がいい、って言いきれるかはわからんけど多少は関係してくると思う。みんな仲よさそうだし。
 フィリピンでの生活をとおして、俺は変わった!!とか価値観がどおとか言葉にできる程の変化はない。でも日本におっては気づくことすらできなかったかもしれないことに関心がもてたし、今まで全然知らなかった一面を見ることができた。だから、こんなちょっとしたことだけどその価値はかなり高いと思う。
 なんか前半と後半で内容全然違うけど僕の感想はこんな感じです。楽しかったよ。みんなとやったサッカー。またいつか戻ろうとは思ってる。ぅん。

M.Yさん 18日間@philippine

§ 楽しかったこと § ●みんなとのバケツリレー ●タガイタイでのバーベキュー ●プールで八尋に肩車してもらったこと ●テッシーとサッシュにおぼれさせられたこと←え ●休憩中にサッカーやバスケやったこと ●みんなでソーラン節練習したこと ●最後の夜にすき焼き作ったこと
§ 嬉しかったこと § ○初めて会ったときハグしてくれたこと ○家に親戚中の人が会いに集まってくれたこと ○ご飯がおいしかったこと ○毎日学校造りが順調にできたこと ○ジャビーみたいにちっちゃい子が「アテモモコー」って名前覚えてくれたこと ○屋根以外完成して、完成形が想像できたこと ○出発の日に「ホントに離れたくない」って思えたこと ○今でもフィリピンの家族と繋がりがあること
§ 辛かったこと § ●トイレが流せないこと(5~6回水くんだよね) ●手汲水浴型風呂 ●トカゲの鳴き声で夜中目が覚めたこと ●朝の5時から家の前をトライスクルが通ってくこと ●スモーキーマウンテンを目の前にしたとき ●神父さんの話を聞いたとき ●ホテル前でストリートチルドレンの子の目を見たとき ●そんな子たちに何もしてやれない自分がいたとき
大事な友達と大事な家族と大事な経験が詰まった18日間でした 😀 

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