フィリピンの恵まれない児童に学校を! 給食を! 教育こそ貧困の連鎖を断ち切る力になる

シーランド神父とRASA

 
 
シーランド神父と子供たち

RASA創設者シーランド神父

 RASA-Japanの顧問シーランド神父(2019年4月から神言会フィリピン・マニラ北管区に転居)のお父様はアメリカで生前、野菜などを取り扱うチェーン店の経営者の一人でした。そのお父様が亡くなられ、遺産をお母様と7人の姉妹、一人の弟さんでで相続されることになりました。
 シーランド神父は聖職者の身であるために相続されず、お母様が、シーランド神父の分も合わせて相続されました。

シーランド神父は世の中の困った人に役立つためにお父様が残してくださったお金を使いたいと考えておりました。お母様は神父さんの意向を汲んで、一緒に相続されたお父さんの遺産をフィリピンのファウンデーションを設立するとき、お父様の遺産をシーランド神父さんに委託されたのです。その基金の名はお母様の名前にちなんでMother Laura Gertrude Seland Foundation(MLGSF)とされました。
 RASAもこのファウンデーション(MLGSF)で働く人たちの人件費、事務所の賃借料、水道光熱費、事務用品費などのすべての費用を負担することになりました。シーランド神父さんさんが相続された遺産は、学校建設費や貧しい人たちへの生活支援につかわれるとのことでした。
 
そして、MLGSFが運営していた子どもたちの奨学金も資金全額をRASAが負担するように神父様から依頼を受けました。実務運用は日本からでは困難なため、MLGSFが現地で取り仕切るということで、RASAは単なるスポンサーでしかありませんでした。

RASA-Japanの誕生

 シーランド神父様は、フィリピンに設立したMLGSF基金の仕事のほか、南山大学のロゴス・センター(現キリスト教センター)のボランティア活動にも関わっておられました。
 すでに、タイで活動していた上智大学のボランティア活動グループに依頼して、学校建設活動に南山大学も加わることになりました。RASAというグループの名前はこの時参加していた両大学メンバーの間で自然発生的に生まれたようです。
 1982年にフィリピンのミンドロ島で南山大学のボランティアグループが初めての学校建設活動をいたしました。この時の詳細な記録はありません。当時を記憶している人達も卒業とともに学校を去り、ロゴス・センターでのこのグループ活動の実態を知る人の存在は薄いのです。
 記録がはっきり残っているところまで遡り、1999年の学校建設をスタートにして活動開始日、建設開始年としております。

新制RASA-Japan

 シーランド神父は、学校の夏休みが訪れるとロゴスセンターにポスターを張り、近隣の教会にも呼びかけをして建設ボランティアを募りました。

 一番目の活動の狙いはフィリピンの田舎に、学ぶ場所に恵まれず、学びたくても学べない校門の前に地方の人たちに、学校建設して教活用して育が受けやすい環境整備を行うことです。春休みや夏休みなど、大学の長期休暇を活用して多くの日本の大学生がボランティアとして建設活動に参加しています。

 二番目の活動は、フィリピンには制度としての学校給食がありません。昼のご飯は校門の前に売りに来る人たちから買ったり、学校内の売店でパンなどを買うのです。しかし、家庭が貧しい子どもたちはお金がないためそれを買うことが出来ません。多くの子どもたちは、何日もの間、満足に食事が食べられていません。飽食の日本では想像できませんが、栄養失調児が驚くほど多いのです。

 RASAはこのような子どもたちのために学校の空いているスペースを借りて給食支援も行っています。
 栄養改善と体力維持向上によって集中力をつけ学力向上のために寄与しています。栄養改善の結果、学力も体力もつき卒業後はまともな職業によ就くことが可能となりました。将来家族を養い、生活の基盤を確立するのに大いに役だっております。
 

 RASA-Japanはロゴス・センター(2019年4月からキリスト教センターと改名)の活動団体の一つとして活動を続けております。
 単なる活動グループでなく、より格調高いグループでありたいと願い、平成21年9月「特定非営利活動法人」NPOの認証を受けました。そしてさらに、もう一段高い「寄付をしていただく人や団体、企業に対する税制上の優遇恩典」が受けられる全国でも数の少ない「認定特定非営利活動法人」の認定を平成29年2月に受け、新制RASA-Japanに生まれ変わりました。

 

 

 

 

PAGETOP
Copyright(c)2018 RASA Japan All Rights Reserved.