貧困の連鎖を断ち切り、貧しさの中で懸命に生きている子供達に、すばらしい未来を

2017年 Study tour

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2017 給食プログラム文集

1

O,K

今回のフィーディングプログラムでは、日本では決してできない経験ができた。今まで僕が海外旅行としていった場所は、アメリカや、アジアが主であり、観光客向けの場所しか行ったことがなく、貧困地帯というのは今まで経験したことがなかった。説明会で聞いた話では、トイレ事情が悪いとか、あらゆるところが汚いだとか、犬がそこら中を歩き回っているだとか、マイナスイメージな情報ばかりだった。過去にフィリピンを経験している人たちは、いい所だと言っていたが、悪いことばかりの印象が強すぎて、信じられなかった。

フィリピンに到着してまず初めに感じたのは、意外と都会だな、ということ。マニラは日本の名古屋などと変わらないくらい高層ビルが立ち並んでいた。しかし、時折、都会とはいえないくらいのひどい家が建っていた。しばらく車に乗っていると、みるみる田舎になっていった。テレビでしか見たことないような光景がそこには並んでいて、自分はなんてとんでもないところに来てしまったんだ、と思った。

やはりトイレ事情はとても良いとは言えるものではなかった。サービスエリアのトイレと、学校のトイレの汚さには驚いた。基本的に紙がない。ホストファミリーの家のトイレにも紙はなかった。こんなの一週間も続けられないと思っていたが、2日も経てばこれが当たり前なんだと思えてきて慣れ、汚いとも思わなくなった。

トイレ事情以外に、子供たちの栄養事情には心を打たれた。こっちの子供たちは食事をよく残す。この光景を見たとき、疑問で仕方なかった。普通、食べ物を十分に食べていないのであれば、給食にはがっついて全部残さずに食べるはずである。どうやら、普段食べる量が少なすぎて胃が小さくなっているらしい。たしかに、ホストファミリーの子供たちも、やけに食べる量が少なかった。滞在したホストファミリーの家庭には、4歳と5歳の男の子がいるのだが、この子達の腕を掴んだとき、あまりの細さにびっくりした。食べられないから、あんなにも腕が細かったのだろう。我々日本人が腹いっぱい好きなものを満足するまで食べられるということが如何にありがたいことかと感じた。

僕はフィリピンで過ごした一週間でお金がすべてではないことや、人の温かさを学ぶことができた。一週間に満たない短いホームステイだったが、一番感じたのは決して裕福ではないが、幸せ、ということだ。日本は何でもそろっているのは確かだが、幸せという観点のみで見れば、フィリピンの人々の方が幸せなんじゃないかな、と思った。言葉ではうまく言い表せられないのだが、毎日がすごく楽しそうに感じられた。僕は、一年生のころのゼミで、GDPの高さと幸福度の関係性について調べ、終了論文とした。まさにこの論文の実際のモデルが今回のフィリピンの例だな、と思った。
たしかに、フィリピンは汚かった。でも、行って良かったと思っているし、また行きたいと思う。今回の体験はとても価値あるものであった。この国は大変魅力がある。きっと1回行けば好きになるだろう。

O,T

「今回学んだ10のコト」

・日本経済の豊かさ

・日本の衛生環境の良さ

・日本の雇用環境の良さ

・日本人の薄志弱行性

・日本人の食に対する軽率な考え

・日本人の欲深的な幸せの価値観

・日本の家庭環境の疎遠性

・日本の教育環境の充実度

・日本の恵まれた食生活

・フィリピンではこれら9つすべてが正反対であること。

今回僕がフィリピンに行ったのは二回目でしたが、学んだこと、感じたことは前回よりもかなり大きなものであり、人生観ががらりと変わりました。

一週間という短い間でしたが、本当にかけがえのない経験でした。このような機会をつくっていただいた方々に心から感謝の意を表したいです。ありがとうございました。

2

O,A「2回目のフィリピン」

私は2017年2月春の学校建設ボランティアにも参加して、夏の給食支援ボランティアも参加したため、今回でフィリピンに行くのは2回目だった。

今回の活動場所は前回の活動場所と近かった。だから、今回参加した理由の1つとして次いつフィリピンに帰ることができるかわからないから前回のホストファミリーや出会った人達に会うことができると思い参加した。また、前回の活動でマニラの現状を知り、私たちが普段“いただきます”という言葉を普通に言えることがどれだけありがたいことなのかを学んだ。そのため、給食支援にも協力したいと思い参加した。

今回の1番の目的であるFeeding Programでは活動初日に衝撃を受けた。私は、子供たちは給食を食べる前にビタミンCの錠剤を飲んでいるところを見た。それを見て、足りない栄養を補うためにFeeding Programを行っているのにそれでも栄養が足りないという現状に悲しい気持ちになった。それから、ご飯を食べるということ・食べることができるということを今まではあまり深く考えたことはなかったが、日本に帰国してからご飯を頂くとき毎回思うことがある。“ありがとう”いつしか毎回思うようになっていた。

私はフィリピンでのホームステイが2回目だったため現地で感じる生活面のカルチャーショックはなかった。その分1週間という短い間だったがホストと仲良くなることができた。また、給食支援でも自分のことよりも、“どうしたら子供たちが喜んでくれるか”とか“どうしたらみんなの活動がしやすいか”とかを考えて行動することができたのではないかと思っている。

少し恥ずかしいが、最後に私が今回のフィリピンで発見したみんなの良い所をちょっとしたメッセージ付きでお披露目したい。
Tくん:こんな責任感が強かった?と思うほど新たな一面を発見。真剣な姿かっこよかったよ!
Dくん:良いところ沢山見つけすぎて書ききれないから知りたかったら個別で聞いて下さい!
Aさん:常に冷静な大先輩!バスの中で寝顔を見てなぜかホッとしてしまいました!
Iくん:TPOを考えて盛り上げ役と見守り役の2役をうまく使いこなす俳優を発見!
Sさん:誰にとは言いませんがバシッと言えるのはあなたしかいないと思います!
Kちゃん:癒し系で大人しそうに見えてやるときはやる男!だということを発見!
Kくん:子供たちと距離を詰めるのがうまいなと初日に思いました!
A:ホストにスケボーを買う姿を見て優しい気持ちになりました!根は真面目だよね!
Tちゃん:ホストが誕生日だからって言ってプレゼントを作っている姿素敵でした!
Yちゃん:ホストと別れた後の車で清水翔太のHOMEを聴かせてくれた優しさ忘れないです!
Yちゃん:誰にでも明るく接するYちゃんに学校でも家でも何度も助けられました!
Y:普段学校でお目にかかれないYに出会った!一緒にボランティアできて嬉しかったよ!
まだまだ沢山あるけど、厳選して1行にまとめました。さらにまとめると…ありがとう。

今回のボランティアを通して沢山の新たな発見をし、新たな出会いをした。みんなありがとう。

M,K「書ききれない」

私はフィリピンにボランティア活動にいきましたが、これに関しては他のみんなが書いてくれていると思うので、(書きたいことがありすぎて書ききれなかったので)ホストファミリーと近所の人たちを紹介したいと思う。

まず、ホストファミリーにはジェイジェイという三歳児がいた。彼は見た目のとてつもない可愛さ及び行動の可愛さ(例えば毎朝僕の部屋に来て起こしてくれるし、すぐ抱っこを求めてくる。可愛くないですか?)とは裏腹にありとあらゆるものを投げるという習慣があったので将来間違いなくパリピになると思う。おじさんはとても心配だ。また、何度か噛みつかれたので狂犬病?と思ったほどだ。(つまり、Mさん!!)しかし、そんな彼も僕が帰った後は「兄ちゃんはどこにいるの?」とみんなに聞き、毎日のように泣いていたそうです。結論可愛い(笑)

ホストファミリーのジェーンとトットさんのホストファミリーのキムは二人ともとても可愛いが凄い僕をおちょくってきて毎日学校から帰ってくると追いかけっこが始まるのでとても良い運動になったがおじさんはとても疲れました。また、メンコがとても流行って、これもまた毎日やっていたので右腕の筋トレになりました。そしてキムはトットさんの話では僕のことが好きだったらしい(笑)。二人そして近所の子供たちにはありがとうと言いたい。Kちゃんのホストファミリーのジャスティンとそのお兄ちゃんの自分の事をブタといっている子ぐらいです。彼の名前は覚えてないのでKちゃんに後で聞いときます。

ホストファミリーのエイゼル。つまりJKであるが彼女はとても恥ずかしがり屋で話す機会があまりなかったが、三日目ぐらいに友達のJKをたくさん連れてきた。僕は思いました。エイゼル一番かわいいじゃんって、さすがです。彼女はお別れの時にはプレゼントとしてシャツをくれました。(まだ、帰ってきて一回も着れてませんが)ありがとう。

一番お世話になったのがホストファミリーのジョシュアだ。彼はイケメンだ。そして侍ヘアーをいつもしている。学校の宿題があるのに毎晩のように遊んでくれたし、フィリピンのたくさんの遊びを教えてくれた。そして、MJ、タタ、テェイアー達と最後に遊んだ夜は今でも鮮明に覚えています。しかし、ちょっと気がかりなのが彼の彼女が可愛くないことです。何様だって話ですけど、君ならもっと可愛い女の子をゲットできますよ。

そして、ホストマザー。いつも僕のことを笑顔で迎えてくれて気にかけてくれて、朝起こしてくれて、洗濯してくれてありがとう。料理もとても美味しかったけど、ちょっと一食に作ってくれる量がえげつないので次遊びに行く時は完食できるようになりたいと思います。

また、ボランティア期間中は僕の誕生日だったこともあり、ホストファミリーをはじめたくさんの人たちに祝っていただきました。サプライズでバースデイソングを歌ってくれたり、大きいケーキを出してくれたりとこの先絶対に忘れられることはないであろう21歳の特別な誕生日になりました。本当にサラマットです!!!!!!

最後に目覚まし時計になってくれたにわとり君ありがとう!!!!!!!!!

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T,I「フィリピンでのボランティア活動に参加して」

このボランティアへの参加を決めた直後、私の気持ちは不安でいっぱいであり少しの後悔さえあった。しかし私はこのボランティアに参加しなければ得られなかったであろう経験をたくさん得ることが出来た。

まず最初に私のホームステイ先の家族に会った時には、予想以上に会話が成立しないという事にいきなり絶望したが、そんな不安は少ししたら消えてしまった。彼らは皆私に対してとても親切で、根気強くコミュニケーションを図ってくれたり、現地の観光スポットや食べ物を積極的に紹介してくれた。おかげで私と彼らの距離はとても縮まり、別れの瞬間には恥ずかしながらお互い涙してしまった。

現地の子供たちとの触れ合いもまた私にとっては非常に新鮮なものであった。彼らはやる事全てが楽しいといった風に振る舞い、周囲の人たちとは年齢もなにも関係なく皆友達のように接していた。その振る舞いは私たちに対しても当てはまり、サインやハイタッチを求めてくる姿は私の眼には非常に純粋で可愛らしいものであった。あんなに可愛い子達と触れ合える機会はそうないと思う。

食事についても少し触れたい。フィリピンでの食事は基本的には悪くない、むしろ美味しいと思えるものも多かったし、私は食べれなかったナスも向こうで克服できた。しかしホームステイ先の家族は一つだけとんでもないものを私に出してきた。それはバロットという料理で、見た目はゲテモノに近く味なんてものはわからなかったが、今思えばそれを食べれた事も貴重な経験であった。なので今後ボランティアに参加する人たちには積極的にそういったものも口にしてもらいたいと思う。きっとまだまだ私たちにとっての未知なものが向こうには溢れているだろうから。

フィリピンでの生活やボランティア活動のほとんどは私にとって未知のものであった。しかしそれらを苦痛と感じることはほとんど無かった。それはともに参加した仲間たちがとても頼れる存在だったからであろう。そんな頼れる仲間たちの存在も含めて私のボランティア体験について一言でまとめたい。

最高でした!!!

S,T「食べることは楽しいこと」

私はフィリピンにおいて栄養障害児がいることを知り、その実態を自分の目で見てみたいと強く感じ今回参加を決めた。そして、将来栄養士として自分に何ができるかを考えたいと思った。

給食を食べる生徒は5、6年生。でも彼らは、私が想像した以上に小さくて、細かった。生徒を間近で見て、このような児童がたくさんいるという実態に身をもって感じた。私は食事を目の前にして、もりもりと食べる姿を想像していた。しかし実際は食が細く、料理を残してしまう生徒も見受けられた。現状は、いつも満足に食事をとることが出来ない子供たちは、胃などが小さくすぐに満腹になってしまう。私は一方的に喜んでくれると思っていた。だからこそこれが、継続的に支援していかなければならない理由だと感じた。
反対に、太り過ぎの子供もいて同じ地域でも大きな差がある。これが現状であった。

フィリピンの食習慣は面白くて、どこか懐かしい。

フィリピンにはおやつの時間が2回ある。それが、ミリエンダ。朝食、ミリエンダ、昼食、ミリエンダ、夕食。おやつといっても、甘いお菓子から麺などの軽食までさまざま。毎回の食事には、山盛りのごはんに味の濃いおかず。そんな食事を家族全員で囲む食卓。

私が家庭で見た光景は、まるでかつての日本のようだった。戦後の日本は、食料が少なく、漬物や干物など、少量の味の濃いおかずで白米をたくさん食べる、そんな食事だった。
そして、家族みんなで食卓を囲む。そこにはたくさんの笑顔があった。
でも日本は変わった。今や、政府がバランスよく食べましょうとガイドラインを呈し、主食、主菜、副菜、乳製品などバランスよく食べるようになった。日本は食生活を変えようとして、今の日本の食生活がある。フィリピンにも政府が発表するガイドラインがあり、学童期の生徒に食事の大切さを教える方法は、ほとんど同じである。だから今後フィリピンも同じように変わることが出来る。
けれど家族みんなで食事を楽しむ姿勢はそのままであってほしい。そしてミリエンダのような習慣もこの先も大切にしてほしいと思う。

これから自分に何ができるかはっきりとした答えはわからない。けれど、この現状を伝えていき、給食活動を継続させることが大切であると思った。そして、私たちが忘れかけている、食への感謝、食べることを楽しむことを伝えられる栄養士になりたい。

3

S,K「気づいたこと・変わったこと」

私が今回このボランティアに参加したのは、自分を成長させるためでした。
厳しい環境に身を置けば、何かが変わるんじゃないかと考えたのです。
結果は、、、、変わったかと聞かれると微妙なところです。成長できたかどうかも怪しいです。
ただ、私は、今回のフィリピンで反省したこと、気づいたこと、いろいろありました。

給食を支援する子供たちがガリガリではないうえに食べ物を残すところを見て、悲しくなって、腹が立って、軽蔑しました。
でもそれが、普段から胃を使うことが少なくて、食べることができないからだということを知った時、自分がいろんなことを決めつけて生きてきたことに気が付きました。

仲間が苦しんでいるように見えたのに、何がそんなに苦しいのかと、理解したかったけれど、全く理解することができませんでした。
同じ状況に立たされた時、私も苦しくなりました。
苦しかったけれど、やっと気持ちが分かってスッキリしました。
スッキリしたと同時に、なんでこの気持ちが分からなかったのか、相手の気持ちを分かってあげられない自分が情けなくなりました。

みんなの気持ちも考えずに、適当なことを言ってしまいました。
私は、いつも思ったことをすぐに言ってしまいます。
それが良いところだよと言ってくれる人もいるけれど、そうだとは思えません。
だってそんなことは、小学生中学生が当たり前にできたことです。
高校生になって、大学生になって、周りの人はみんな優しくなりました。
それはきっと、お互いがお互いを傷つけないように気を配っているからだと思います。
私はそんな大人なみんなが大好きで、尊敬しています。
私も、もっと考えてから話すことができるようにしたいです。

私は今回、自分を成長させるためだけに、このボランティアに参加しました。
きっと、ボランティアをする相手のことなんて、何も考えていなかったのです。
でも、そんな理由で参加するような人間に、成長は期待できないと分かりました。
もし次にボランティアをする機会があったら、その時は、自分が成長するためではなくて、純粋に、誰かのために、ボランティアをできるようになりたいです。
まだまだそんな心を持ってはいない私ですが、そんな風に変わっていけることができたらとても素敵だと思います。

M,A「RASAボランティア活動に参加して」

今年度の夏に実施された給食プログラムは私にとって二度目のフィリピンでのボランティア活動でした。前回は学校建設プログラムに参加し、初めてのフィリピン、初めてのボランティア活動と初めてづくしで戸惑うことが多かったのを覚えています。

それまで海外には旅行や留学で行ったことはありましたが、ボランティアの一員として、またホームステイも初めてのことだったので、慣れるのに少し時間がかかりました。今回参加したプログラムは前回とは違いますが、ボランティアとしては二回目だったので前回より早く現地の生活に慣れることができたと思います。給食プログラムでは、毎日小学5年と6年の児童各50人ずつが交代で給食を食べに食堂にきていました。短時間に少人数で手際よく料理を作っていたクッカーの人には感心してしまいました。私たちは主に配膳を担当し、滞在中は多少なりともクッカーの人たちの負担を軽減できたのではないかと思います。

また給食プログラム以外の活動として小学5年生と6年生の児童たちに日本語を教えました。日本語を始め言葉を教えることは、とても難しいことだけど、伝わるととても嬉しいし、楽しいことだと感じました。また機会があれば日本語を教えたいです。八日間の滞在は短いように感じましたが、たくさんのことを学び、吸収することができた貴重な体験となりました。

現在、大学院で教育開発を専攻しており、フィリピンの教育現場に実際に足を運べたらと思っていたところでこのプログラムを知り、参加しようと思いました。昨年フィリピンを訪れ、ボランティアとして活動したことで、フィリピンの教育にさらに興味を持つようになり、修士論文もフィリピンの教育について研究しようと決めました。フィールドワークを始める前に一度学校に足を運び、先生や生徒とコミュニケーションをとりたいと思っていたので参加できてよかったです。特に校長先生にはお忙しい中、時間を割いていただきフィリピンの教育現場における問題点などを直接教えていただくことができ、本当に感謝しています。

マニラでは前回滞在した時のホストファミリーと再会することができました。来年は修士論文執筆のためのフィールドワークでフィリピンに訪問予定で、どちらのホストファミリーとも会えればと思います。
RASAのボランティア活動を通して、フィリピンに、そしてフィリピンの教育にさらに興味を持つようになり、ホームステイのおかげで素敵なホストファミリーたち出会うことができたので参加して良かったです。

7

M,D「2018年、夏、フィリピン」

空港に着くと同時に、22年間で一番暑かった二月の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。

「ようやく着いた。ずっと楽しみにしていた、二度目のここに」空港に降りたとき、そう感じた。行く先は前回の地と違えど、とにかく期待で胸が躍っていた。
しかし現地に着くと、徐々に自分の期待していたものとズレを感じ始めた。外に出れば、人はうっとおしいくらいに多い。トライシクル、車がとにかく行く手を阻む。街中は汚い。臭い。ハエが多すぎる。何よりも、家の中。トイレとお風呂には驚きを隠せなかった。「あれ、前回と全然違う。」そして、瞬間的に感じてしまった。「帰りたい。」

今回、この一週間色々考えさせられた。書きだせばキリないから、カブヤオの街の子どもたちを見て感じたこと。教会で手出された。前回、マニラでも出されたけど、あれは衝撃だった。今回もきつかった。あの子たちに夢ってあるのかな。自分が幼い時は、将来はサッカー選手になるって言っていた。あの子たちは将来のことはおろか、一年後、一か月後、一週間後のことも考えている余裕ないんだろうな。今あるこの命をどうやって、明日につなげるか。多分そのことしか考えられないと思う。今日何か食糧が手に入るかどうか。きっと、それがすべて。将来のことを考えられるってすごい幸せなことで、誰にでも与えられる特権ではないんだなと思った。当たり前ではないんだなと思った。

『住めば都』すごく感じた。いや、若干違う。『慣れれば都』
トイレはすぐに慣れ、シャワーにも三回目には慣れていた。ここの生活に慣れていた。これを続けたいとはもちろん思わなかったけど、そこまで苦にはなってなかった。慣れって怖いな。色々な意味で。

本当に行って良かった。正直、最後の最後まで「帰りたくない」とは思えなかった。でも、本当に多くのことに気づき、知ることができた。また、多くのことが経験できた。多分、日本で今まで通りの生活をしていれば、ニワトリの鳴き声で起きることはない。スマートフォンが不要に思うことはない。レバーのないトイレ、シャワーのないお風呂を使うことはない。学校給食の前にビタミン剤を飲む子供を見ることはない。やっぱり、人生は経験がすべてだな。正直、またこの生活がしたいなんて嘘でも言えない。でも、もっともっと色んなことを知りたい。もっともっと色んな人と出会いたい。そして、もっともっと色んなことを経験したい。それだけは自分の揺るがないものです。

Y,Y「フィリピンボランティアで感じたこと」

私がRASA JAPANのボランティアへの参加を決めたのは、フィリピンの人々と触れ合いながら暮らしを体験し、日本では感じられないことを感じたいと思った事と、日本とは違った環境に住む子供達の力に少しでもなりたいと思った事が理由です。前回参加した人の話を聞いて、「根拠はないけれど絶対自分の中の何かが変わる気がする」と思い、参加を希望しました。

実際、私がこのボランティアで大きく影響された事は3つあります。

1つめは、小学校の子供達との触れ合いです。大きな目をキラキラさせて、満面の笑みで迎え入れてくれた子供達は、家庭の貧しさを感じさせないくらい元気で明るい子ばかりでした。給食支援の対象になった100名の子供達は、目に見えて痩せ過ぎている子が多く、栄養を補うためのビタミン剤を配付したことが1番衝撃的でした。この子供達の大半が、今日の食事はこの給食支援のお昼ご飯だけと聞き、こんなに可愛くて元気な子供達が栄養を十分に補えない生活をしている事に胸が締めつけられました。給食支援だけではなく日本語の授業も行い、子供達との交流を深める中で、支援するために来たはずの私の方が子供達に勇気付けられている事に気づきました。子供たちからの「ありがとう」という言葉と笑顔は忘れません。

2つめは、ホストファミリーとの出会いです。私の17歳のホストシスターはとても勉強熱心で、何にでも積極的な姿に圧倒されました。彼女より恵まれた環境にいるにも関わらず、積極性のない自分が情けなく思えました。ホストファミリーはみんなとても仲が良く、お互いを思いやって生活しているのが伝わってきました。家が狭くて汚くても、彼らはいつも笑顔で幸せそうでした。彼らから学んだのは、幸せに生きるためには、裕福かどうかではなく、豊かな心を持って周りの人を大切にする事が重要だということです。私もフィリピンのホストファミリーのように穏やかで明るい生き方をしていきたいと思いました。

3つめは、RASA JAPANのメンバーです。自分の意見をしっかり言い、周りを気遣って行動しているメンバーを見て、見習わなくてはいけないなと思う事が沢山ありました。普段の大学生活では気づけないような知らない自分を知る事ができ、もっと積極的に行動し、他人を気遣える人になりたいと思いました。そう思わせてくれたメンバーには感謝の気持ちで一杯です。
これらのように、今回のボランティアで私が得たものは、同じ海外渡航でも友人との海外旅行などでは決して得られないものでした。毎晩冷たい水を浴び、汚い場所も沢山見て嫌だなと思うこともありましたが、本当に行ってよかったと思っています。発展途上国の貧困問題は、フィリピンだけではなく世界中の子供達を苦しめています。今回の貴重な経験を忘れずに、少しでも人の力になれるような活動に繋げていきたいと思います。

6

O,K「貴重な体験」

僕は英語が苦手で、食べ物好き嫌いが多いので、フィリピンで一週間ちゃんと生活できるか不安だった。フィリピン初日、ホストファミリーに会った。僕はホストファミリーと仲良くできるかも不安だったけど、その心配は全然いらなかった。ホストファミリーはとてもフレンドリーで、いつも僕が不自由なく生活できているか気にかけてくれ、また僕が英語を理解できていないときは、ゆっくり理解できるまで話してくれた。‬

T,Y

自分で行くと決めたフィリピンのボランティアだったが、出発当日まで不安でいっぱいだった。現地の子供達と仲良くなれるのか、食事は口の合うのか、体調を崩さないか、衛生的に大丈夫なのか、多くの不安要素はあったが中でも1番の不安は語学であった。私は英語を話すことがあまりできないため、もしホストファミリーと会話ができなかったらと考えると1週間も生活できるのか心配でたまらなかった。しかしそういった不安はすぐに打ち消された。学校の生徒達は、今までの人生で味わったことがないくらいの大歓迎で私達を迎えてくれた。そしてホストファミリーにも温かく迎えられた。母のエヴァは海外の料理が口に合わなかった私を気遣い、毎日私向けの食事を作ってくれたり、私が好きなフルーツを毎日買いに行ってくれた。また、エヴァは英語が苦手な私に対して簡単な英単語で会話をしてくれたため、1番の不安だった語学に関しては特に問題がなかったので安心した。娘のステファニーとステラマエはどこへ行くのも私の手を握っていた。特に妹のステラマエは学校にいる時も私の様子を随時見に来てくれたりと、すごく懐いてくれていて本当の妹のような存在だった。

様々な日本とフィリピンの文化の違いには驚かされたが、特に印象に残ったのがフィリピンは近所付き合いがとても盛んであったことだ。常に玄関の扉は空いているような状態で、近所の人たちがいつでも出入りできていた。更にエヴァが私を学校まで送迎できない日は、ご近所さんの主婦のバンジーが私を学校まで送り届けてくれた。近所の人ではなくもはや家族のように深い関係であるように見えた。私の家の周辺はそこまで近所付き合いが盛んではないので、子供達が夜遅くまでお互いの家を行き来しているのを見ると、非常に羨ましく感じた。

学校では給食を作る手伝いをしたり、折り紙を作ったり、子供達に日本語を教えたりと、毎日が充実した日々であった。1回話したことのある子供は数日後会った時も私のことを覚えてくれており、とても嬉しかった。また、大勢の子供達に囲まれてサインを求められたのは初の経験であった。最初は戸惑ったが、芸能人になった気分で楽しい経験だった。

行く前は1週間がすごく長いと思っていたが、実際はあっという間の1週間だった。温かい人達に出会うことができ、フィリピンが好きになった。何から何まで新鮮でボランティアに参加して本当に良かった。一生忘れられない夏の思い出となった。

4

H,Y「フィリピンでのボランティア活動を通して」

私がこのボランティアに参加したのは、高校の時に海外にいったことがきっかけです。高校の授業の一環で東南アジアについて研究していました。私は東南アジアの英語学習に焦点を当て、ベトナムへ現地調査に行きました。そこから東南アジアに興味を持ち、他国へのホームステイの経験から、もっとたくさんの国の生活を体験したいと思い、対象国が「フィリピン」であり、「ボランティア」を目的とするこの活動に参加しました。

もともとフィリピンでの生活は聞いていましたが、私のホストファミリーの家は想像していたよりとてもきれいで、トイレも水洗だったことに驚きました。普段の生活では主に玄関のドアは開けたままで、ホストファミリーの子供たちや近所の子供たちが自由に出入りしていたことから、日本よりも地域間のつながりが強いと感じました。また、日々の食事もホストマザーが、「折角だから」と様々な種類のフィリピンの伝統料理を用意してくれました。甘い味のするごはんの「ぴちぴち」、豚肉を味付けして煮た「アドボ」、などなど初めて食べるものばかりで貴重な経験ができました。

フィリピンの若者の多くは出稼ぎに行っていました。私のホストファミリーの子供の両親は出稼ぎに行っており、父親はマニラ、母親はカナダに行っていました。ほかにも学校で知り合った子供の親も、遠い地域に働きに行っているようで「なかなか会えなくてさみしい」と言っていました。日本でも出張などで県外に行ったりはしますが、国外に働きに行く、という状況はそれほど一般的なことではないと思っているので、フィリピンでの勤務先の少なさに驚きました。

学校での給食ボランティアの活動を通して一番衝撃的だったことは、食前に栄養タブレットを飲んでいたことです。栄養士の方が考えた献立であっても栄養分が不足しているのか、と思ってしまいました。しかし、私たちが訪問者であったということもあるかもしれませんが、フィリピンでは「ミリエンダ」という風習もあって、私的には一日中常に満腹でした。だからどうしてもっと栄養が必要になるのだろう、と疑問にも思いました。そして給食を作る上で改善すべきだとおもったことは、まな板や布巾などが汚い又はかなり古い状態であるにも関わらず使われ続けていたことです。フォークやお皿をどんなにきれいな状態で管理していたとしても、食材を切ったり並べたりするものが汚かったら元も子もないと思います。
フィリピンの子供たちは非常に人懐こく、遠くからでも名前を呼んでくれたことが一番うれしかったです。様々なことにも挑戦でき、とても良い経験になりました。また機会があれば参加したいですし、私の経験をたくさんの人に教えてあげたいです。

お気軽にお問い合わせください TEL 052-803-1649

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